司会のウラワザ

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司会を演ずる・・?

私は披露宴司会者であると同時に、ホテルウェイターでも有ります。
共に現役で頑張っています。

ホテルのウェイターの仕事をしながら、沢山の司会者の司会振りを見ることができます。
先日は結婚披露宴のウェイターの仕事をしながら、持込の司会者の司会振りを見聞きしました。

その司会者はベテランらしく、新人司会者と思われる見学者もおりました。
司会振りは、なかなか声量も有り堂々としておりましたが、私がもっとも苦手とするタイプでした。

つまり、一言で言えば演じる司会です。司会者を一生懸命演じているのです。
進行MCには沢山の形容詞が添えられ、朗々としゃべり、自己満足的な、自己陶酔的な司会ぶりを感じて仕方ありませんでした。

この司会者はいつもこうした司会をしているのだろうか?
新郎新婦からそういう情感たっぷりの司会をするよう要請があったのだろうか?

もちろん思い入れの激しい演歌調のこういった司会を好むお客様も、大勢いることは知っています。
ただ、私はそういう司会はどうしても拒否反応が出てしまいます。
良い悪いの評価は一旦横に置いて、少なくともできる限りそういう司会をしないよう自分自身を戒めます。
もっと普通にしゃべって頂きたいのです。
一つ一つのシーンをことさら粒立て盛り上げようとする司会・・避けたいものです。自分のことを棚にあげて、ちょっと偉そうでしょうか・・?


私の尊敬するJTプロダクション代表の鶴賀二郎氏の著書 『縁と宴』の中にこんな1節があリます。(仲澤の解釈に沿って要旨を記す)

『披露宴は、120パーセント形式である。一つが終われば、次に何が始まるのか、出席者は先刻ご承知である。
それなのに、ことさら人々の歓心を買おうとして、形容詞過多の、厚化粧した表現で言葉を並べ立てても、聞く人の心に通わない。それどころか押し付けがましく、不快感さえ与える。

逆に分かりきった言葉で、自然な語り口で、簡潔に話す。
言葉は贅肉をそいでいくことで深みを増す。言葉は多様性を持っており、決まったせりふを形式を踏んで話しても、語る人が実感した心を表現すれば、お客を心地良くさせることができる。司会者は百万言並べ立てるトーキングマシーンではない。

プロ司会者イコール饒舌ではなく、少ない言葉の行間に、どれだけの思いを埋め込めるかが、シンプルイズザベストの意図する所である。』(文中の太字は仲澤の表記です)


目指すところは、その時々に司会者の実感を添えてしゃべっていくことだと思います。
司会を演じるのではなく、実感を語る!
お客様は、司会者に<司会>を演じて欲しいのではなく、その人らしい等身大の司会をして欲しいのです。

如何でしょうか?
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by qqbh8530 | 2008-06-15 21:54 | 司会

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