司会のウラワザ

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高野山の精進料理に学ぶ

縁あって、学研から出版された 『高野山の精進料理』 を手にする。本文の中の 「第三部 宿坊のおもてなしと精進料理」 から一節(65ページ3行目から15行目まで原文のまま)を書き出してみます。

季節の恩恵に感謝して振る舞う~
東京小金井市にある尼寺、三光院のご住職であられた米田粗栄様は著書で、「精進料理は、食べたあとに身のうちが清らかになるように作るのです」と書いています。この言葉に沿うよう旬の素材を丁寧に下ごしらえし、手間と時間を惜しまずに調理していきます。尖った(とがった)味にならぬよう、きつい味にならぬよう、優しくまろやかな薄味に仕上げていきます。そして、それらの料理を、季節の恵みにあり難く感謝しながら盛り付け、昔ながらの御膳に美しく並べます。

私は結婚披露宴の司会も「かくありたい」と思うのです。上記の文を、意図的に司会者向けに言い換えてみました。
『披露宴、心有る司会者は、宴のあと列席者の身のうち・心のうちが、なにか暖かくなるような司会をするのです。この言葉に沿うように、今まさに旬のお二人(新郎新婦)の人間的な素地や長所を十分に引き出し、手間と時間を惜しまずに、披露宴全体の流れをデザインしていきます。尖った感じの内容やコメントにならぬよう、きつい感じにならぬよう、優しくまろやかな薄味(シンプル)に仕上げていきます。
そしてそれらのデザインされた内容を、お祝いの席に立ち会え貢献できることに感謝しながら、披露宴を暖かい情緒のある宴にしていくのです。』

いかがでしょうか・・・?考えすぎでしょうか・・・?
私にとっては特に<尖った感じにならぬよう、きつい感じにならぬよう、優しくまろやかな薄味に仕上げていく・・・>といったところがとても心に響きました。

締めくくりに、高野山真言宗管長の言葉を添えさせて頂きます。
相互供養 相互礼拝~ 『仏を求めようとする心を出発点とし、仏への礼拝を勤めれば、仏の大慈悲が全身を包み込む。仏の心に目覚めたものは、誰とでも拝みあい、供養しあい、喜びを分かつことができる』

宗教に関して不勉強な私ですが、1200年の歴史に根付く高野山の教え・その人間観>に大変興味を持ったところです。その教えはあらゆる宗教を越えて、私達の人生をよりよくしていく知恵>がいっぱいつまっているように思えてならないのです。
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by qqbh8530 | 2005-07-03 00:49 | 司会

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