司会のウラワザ

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よりよい人生をめざして                       

お開き後の心がけ

d0054785_2317463.jpg司会歴約20年になります。
ここ数年、披露宴お開きの後、私が「心がけていること」を書いてみます。

披露宴終了後、送賓(新郎新婦が列席者をお開き口でお見送りすること)が始る頃、司会の私は、できる限り、その披露宴の祝辞余興の<登場者>に、ほんの一言の<お礼>を言いにいきます。

「遠く北海道からのご出席ありがとうございました。スピーチ見事にキマリましたね」
「◯◯さん、いい声していらっしゃいますね!」
「緊張しました・・?でもすごく良かったですよ、◯◯さんの人柄がスッと伝わってきました」
「いい唄でしたね、私は初めて聞いたんですが、どこの国の唄なんですか?」
「◯◯さん、スピーチありがとうございました。まさに一言、インパクトありましたね」
「◯◯さん達のあの余興で、雰囲気がガラッと変わりましたね。お疲れ様でした」

私の実感をシンプルに短く伝えます。お世辞は苦手な私です。相手の良かったところを一つ見つけてそれを伝えます。そうすると、必ずと言っていいほど、相手は笑顔を見せてくれます。喜んでくれます。そして・・・私も嬉しくなります。

お開きの後、登場者への<簡単な声かけとお礼>を心がけています。
とても<小さなこと>ですが、この<小さなこと>を私は、これからもずっと続けていきたいと思っています。

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# by qqbh8530 | 2005-07-18 22:56 | 司会
d0054785_1784269.jpg私は今日まで、司会の仕事を約20年、ウエイターの仕事を約25年やってきました。
今から20数年前、私がプロ司会デビューの少し前の頃、こんな司会者に出会いました。

約200名近くの<戦友会>。私は、たまたまその会の担当ウエイター。司会デビュー直前の私は、ドリンクをトレーにのせて持ち回りサービスしながら、司会者の進行ぶりをそれとなく注意を払って観察していました。
司会者はプロではなく、見た目60歳、小柄で元気のある初老、声のトーンは若干高め、ハリのある力強い声、ハキハキしていて、なかなか好感が持てる司会者だったように記憶しております。

会の進行の中で、こんなシーンがありました。
『大変失礼致しました。お名前を間違えて紹介してしまいました。正しくは◯◯でした。大変申し訳ない。それではここで私、皆様からお叱りを頂戴したいと思います。』と言って、司会者はレクチャー台の前に出て行き、列席者に向かって、頭を下げています。その間約5秒間。
再びレクチャー台に戻ったその方は、『お叱りありがとうございました。』と言って改めて頭を下げ、3秒後には顔を上げ、何事も無かった如く、『それでは気持ちを改めまして、次の議題へ進ませて頂きます』と会を見事に前進させていったのです。

今思い起こしてみても、<お見事>という他はありません。
間違いをすぐに認める素直さ
一歩前へ出て200名の前に頭を下げるいさぎよさ、そしてその勇気
お叱りを頂くというセンス、お叱りをありがとうというその謙虚さ
間違えた自分を「完了」して、気持ちを切り替え、「これから」に目を向けていく、見事な心のコントロール・・・

見習うところがたくさんあるような気がします。
プロ司会という立場上、そっくり真似する訳にはいきませんが、私はその方の<心の在り方>から、十分学ぶことができると思っています。

20数年前のあの方の司会振りが今でも鮮明に私の中に残っています。
そういう司会者になりたいのです。

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# by qqbh8530 | 2005-07-13 17:03 | 司会

調整力 

d0054785_11455978.jpg20年ほど結婚披露宴の司会をしております。

人それぞれ顔の形が違うように、披露宴への「思い」も様々です。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てすぎると、今度はあちらに角(かど)が立つ・・・
司会者には「調整力」も必要なようです。

ある打ち合わせの中で、こんなシーンがありました。
披露宴 定番の両親への花束贈呈、新郎新婦は『絶対やりたくない』と言い、両親は、『花束贈呈こそが、お涙ありの感動のシーン、ぜひやってもらいたい』と言う。
両者譲らず、次第に険悪なムードになりつつありました。

司会の私は両方の気持ちがよく分かります。<両者の言い分>を話して頂きました。

新郎新婦は『お涙頂戴のワザトラシサが耐えられない』と言い、
両親は、『今迄に見た、花束贈呈の感動のシーンを、自分達もぜひ味わってみたい』と言う。

司会の私は、「定番の花束贈呈にも、もしかしたら、<わざとらしくない新しいやり方>があるかもしれません。一緒に考えて見ませんか?もし見つければ、お二人はパイオニアですよ」。と言う。

相談の結果、友人が歌う ♪「乾杯」 の曲の後半で、新郎新婦は自主的にブライダルテーブルを立ち、スタッフから花束を受け取り、両親のもとへと進んでいく。曲の流れる中、自身の両親の前に立ち、マイクは通さず地声で、心からの感謝を伝え、両親に花束を手渡す・・・。こんなシナリオができあがりました。司会者のアナウンスは一切ありません。
当日私は、その花束贈呈を見て、<さわやかで静かな感動>を覚えました。

新郎新婦は、<わざとらしくなく、さりげない花束贈呈>にほぼ満足し、両親も<新婦の手紙朗読はなかったものの、グッとくる瞬間がを味わえた>ということで、ほぼ満足したようでした。

私は、「やりたい」と 「やりたくない」の調整の一つは、両者がちょっとだけ我慢して、両者がまぁまぁ納得できる<新しいやり方>を一緒に考えていくことだと思っています。

打ち合わせは、ある意味では、様々な意見の調整をし、全体の調和とバランスをとっていく作業といっていいと思います。

司会の力は、調整力、調整力は人間力・・・まだまだ地道な努力が必要な私です。
少々長くなりましたが、此処までお読み下さいましてありがとうございます。

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# by qqbh8530 | 2005-07-13 11:44 | 司会
d0054785_0103888.jpg約70名弱の中規模披露宴。宴も中盤。
お色直し後のスピーチのトップバッターのあなた。
今、ちょうどそのスピーチを終え、高校の仲間達のいる自身のテーブル席へ向かっています。呼吸は浅く、肩も緊張感でだいぶ上がっています。その時あなたは何を思っていますか?

あの部分をもう少しうまく言いたかったのに・・。
どうしてもっと堂々とできなかったんだろう・・?
列席者は、私のスピーチをどう思っているんだろう・・?
一瞬一瞬のわずか数秒の間に、すごくたくさんの思いが巡っているのではないでしょうか?

そして其のすぐあとに、今度は何が気になるでしょうか・・・?
列席者の拍手の音ではないでしょうか?
拍手の大きさ、拍手の音色、義理の拍手なのか?本音の拍手なのか?よかったのか?まぁまぁだったのか?いまひとつだったのか?かんばしくなかったのか?
拍手の中に、自分のスピーチが良かったか悪かったかを、懸命に探そうとします。そしてさらに何を考えるのでしょう?

さらには、自身の席の高校の仲間達が、私をどのように迎えてくれるだろう?(よかったよ)と言ってくれるだろうか?複雑な表情で私を迎えるのだろうか?何か言いにくそうな感じで私を迎えるのだろうか・・?

その時、司会者があなたの方を見て、あなたの目を見て、あなたの名前をアナウンスして、
「~様、ありがとうございました。なつかしき青春時代のたくさんの思い出、その一部を見事に再現して頂きました。持つべきものは友人、~様にもう一度拍手を送りたいと思います」 
と言ってくれたらどうでしょうか?私だったら、とにかくホッとすると思います、安心すると思います。

よっぽど慣れた人は別ですが、多くのスピーカーがスピーチ終了直後、かなりナーバスになると思います。その時の司会者のあたたかな一言によって、その方は随分救われるのではないでしょうか?

やはり司会者は、スピーカーの緊張感、その思いを肌で感じて、癒して差し上げる、そんな役割もになっていると思うのです。

スピーカーの方を見て、スピーカーの目を見て、心からありがとうを言う・・・。司会のウラワザに加えたいと思います。
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# by qqbh8530 | 2005-07-10 20:39 | 司会
d0054785_16293155.jpg例えば、あなたがこの披露宴の「司会者」とします。

宴も中盤、キャンドルサービスで入場のお二人がメインテーブルに到着、今まさに、お二人そろって一礼し、着席する場面です。ここは大きな拍手が欲しいところです。
さてあなたは司会者として、列席者に<拍手>をしてもらう為に、何と言いますか・・・?

1.お二人に拍手をして下さい。

2.お二人に拍手をお願いします。
3.お二人に拍手をお願い致します。

4.お二人に拍手をお送り頂けますでしょうか・・

5.お二人に拍手をお送りしたいと思います。


1.・・・は列席者に拍手を「強制」しています。
2.3.・・は列席者に拍手を「依頼」しています。
4.・・・は列席者に拍手を「丁寧に依頼」ています。
5.・・・は列席者に拍手を「うながして」います。

1のランクから5のランクに近くなるほど、段々司会のレベルが上がっていくことを、個人的な観点から示してみました。
プロ司会者としてやっていくのには、4から5のランクが理想と思っていますが、いかがでしょうか・・・?

つまり「強制」を感じるコメントとはさよならをする。できるだけ丁寧な依頼か、促していく感じのコメントを使っていくというのが私の目指す方向です。

以上の基本をベースに、ちょっと変化球を加えて、ほかに思いつくコメントを書いてみます。
「どうぞ今一度お二人に祝福をお送り頂けますでしょうか・・」 「お二人メインテーブルに到着、なぜか拍手がおこります。」「お二人メインテーブルに到着、ここは自然に拍手がおこることになっております・・」「お二人メインテーブルに到着、お二人に改めて拍手をお送りしたいと思います。」
どれにも強制は入っていないと思います。

強制する感じのコメントは、列席者にきつい感じを与えます。うながしのコメントは、列席者の主体性を引き出し、列席者に上質な柔らかい感じを与えます。

司会のウラワザ・・その12 (強制の)拍手をして下さいはさようなら としたいと思います。
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# by qqbh8530 | 2005-07-10 00:44 | 司会

「承認」 の喜び

d0054785_15393456.jpg結婚披露宴の司会を20年続けています。

最近よくやるのは、遠方から来てくださった方々の紹介です。できるだけ早いうちにやります。

『お食事ご歓談中のところ恐れ入ります。ここでほんの少しお時間を頂きまして、本日ご出席の皆様方の中で、最も遠くから来てくださった方を紹介させて頂きます。新郎が、絵の修行時代に大変お世話になりましたMr.K様です。恐れ入りますが、ちょっとだけご起立頂けますでしょうか・・?はるばる海を越え、フランスはモンマルトルからお越し頂きました。Mr.K様、本当にようこそお越しくださいました。歓迎の拍手をお送りしたいと思います。』

今までのところ、歓迎の拍手を受けたほぼ全員が、最高の笑顔を見せて下さいました。そして歓迎の拍手を送って下さった列席者の方々も、また、いい笑顔を見せて下さいました。これでいっぺんに会場の雰囲気がすごく明るくなります。暖かくなります。

なぜでしょう・・・?

人として誰しもが持っている「承認の欲求」が満たされるからではないでしょうか。
仕事のスケジュールを整え、バスと電車と飛行機を乗り継ぎ乗り継ぎ、何十時間もかけて、わざわざ日本にやってくる、その自身の「在り方」が皆に承認され、大きな拍手を頂くわけです。拍手する方もまた、人を承認することで気持ちよくなリます。

話は変わりますが、今日、PHPコーチング・カンファレンス2005というシンポジウムに行ってきました。その中で、養成講座でご一緒させて頂いた知人であり先輩のS氏が一つのプレゼンテーションをしました。
彼は、実にさりげなく、会場にいる同じ志のメンバーの紹介(承認)を織り込み、事例紹介を進めていきました。公の場で、大勢の人達に紹介されるとうれしいものです。紹介してくれたその人への信頼感、そして仕事へのモチベーションがグーンと一気に高まるような気がします。(私の経験上ですが)

「承認」 は、承認する人もされる人も、そしてそれを見ている人も、みんなやさしい気持ちになるようです。会場の空気も暖かくなるようです。

こんなにいいことばっかりなら、司会をしながらもっともっと積極的にいろんな事や、いろんな人をしっかり 「承認」 していこうと、またあらたな「やるき」が出てきたような気がしています。
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# by qqbh8530 | 2005-07-09 00:02 | コーチングと司会
d0054785_1441434.jpgホテルにはいろんなお客様がいらっしゃる。

ホテル小宴会場の一室、11名の和風創作料理の食事会の席でのこと。
品のある陶器に盛り付けられた料理が7品ほど、一人一人の目の前に並んでいる。

程よく食事も進んだ頃、ウエイターの私は、ノックをして部屋に入り、あいた器を「失礼します」と静かに下げる。お客様の会話の邪魔にならぬよう器をソット重ねていく。

いろんなお客様がいらっしゃる。
一品一品あいた器を下げてほしいと言うお客様、
一品一品ではなく、二品三品食べ終わり、あいた器がたまってから下げてほしいと言うお客様、
食事が済むまで、器を下げないで全部そのままにしておいてほしいと言うお客様。

それぞれのお客様にそれぞれの「言い分」がある。
たびたびウエイターが器を下げにくるのを、(うるさく思う人)もいる。
あいた器を重ねて、ほんの少し他の器と離して、(さげてくださいね)と、無言の意思表示をする人もいる。
食べ終わったところで、目の前に並んでいるあいた器の数々を眺め、満足感にひたる人もいる。

あいた器が幾つかあっても、あえて『なにかお下げする物はございますか・・?』と聞くと、お客様の「本当は・・どうしたい」のかが、少しだけ分かることもある。

全くいろんな人がいる。いろんな価値観がある。この多様な価値観の一つ一つが「お客様のニーズ」と思っている。

さて私は、この多様な価値観に柔軟に対応しているだろうか。心のどこかで、自分の価値観を最優先させて対応してはいないだろうか・・?
今日は1日、じっくり自分自身を振り返ってみよう。
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# by qqbh8530 | 2005-07-06 09:23 | ウエイター

パワフルメッセージ

d0054785_15372491.jpgプロ司会の私は、今年約半年間 「コーチング」 について集中的に学びました。その仲間のNさんという方から、こんな言葉を教えて頂きました。
 『成功は能力のあとではなく、情熱のあとについてくる』 
出所は不明だそうですが、彼は自分自身のパワフルメッセージとして大切にしているそうです。

私の15年前の、ある情景が思い浮かびます。
プロ司会者として約5年ほどたった頃、私は司会の仕事をやめました。
燃え尽き症候群のごとく、がんばりすぎて、先行き不透明、元気もやる気も全くでない状況だったのです。

自分探しの旅が始りました。生活の為いろんなアルバイトをやりました。自分に借金があるのに、借金取りもやりました。

仕事は全くうまくいかず、辛く、苦しく、むなしくもありました。
ある時、ふと「司会の仕事って、なんて恵まれた仕事なんだろう・・。人生の最も華やかな時に立ち会えて、その披露宴全体を司会者としてリードしていくことができる・・。世の中にこんなに幸せな仕事はほかにあるだろうか・・・?」

すぐに所属していたプロダクションの社長に面会を求めました。もう一度司会をやらせてほしいとお願いする為です。
社長いわく 「生活のためだけに司会をやるのなら、よしたほうがいい。お客様に失礼だ。
宏一(私の名前)の、デビュー当時のあの 情熱 は、いったいどこにいったんだ・・・?
あらためてよく考えて、あの当時の情熱をもって本当に司会をやりたいと思ったら、もう一度私のところに来なさい・・・。」

「井の中の蛙」という言葉がありますが、司会の仕事を離れてみて、初めて司会の仕事の素晴らしさに気が付きました。
私が司会の仕事を20年続けられたのも、少々おこがましいかもしれませんが、やはり少しでも司会がうまくなりたい、もっと上手になりたいといった 「情熱」があったからだと思うのです。

私は前出の言葉を私なりに少しアレンジさせて頂いて、次のように記したいと思います。

『真の成長の実感は、能力のあとではなく、情熱のあとについてくる』
Nさん、この言葉を今日から、私のパワフルメッセージにさせて頂きます。ありがとう。
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# by qqbh8530 | 2005-07-05 01:17 | よりよい人生の為に

高野山の精進料理に学ぶ

縁あって、学研から出版された 『高野山の精進料理』 を手にする。本文の中の 「第三部 宿坊のおもてなしと精進料理」 から一節(65ページ3行目から15行目まで原文のまま)を書き出してみます。

季節の恩恵に感謝して振る舞う~
東京小金井市にある尼寺、三光院のご住職であられた米田粗栄様は著書で、「精進料理は、食べたあとに身のうちが清らかになるように作るのです」と書いています。この言葉に沿うよう旬の素材を丁寧に下ごしらえし、手間と時間を惜しまずに調理していきます。尖った(とがった)味にならぬよう、きつい味にならぬよう、優しくまろやかな薄味に仕上げていきます。そして、それらの料理を、季節の恵みにあり難く感謝しながら盛り付け、昔ながらの御膳に美しく並べます。

私は結婚披露宴の司会も「かくありたい」と思うのです。上記の文を、意図的に司会者向けに言い換えてみました。
『披露宴、心有る司会者は、宴のあと列席者の身のうち・心のうちが、なにか暖かくなるような司会をするのです。この言葉に沿うように、今まさに旬のお二人(新郎新婦)の人間的な素地や長所を十分に引き出し、手間と時間を惜しまずに、披露宴全体の流れをデザインしていきます。尖った感じの内容やコメントにならぬよう、きつい感じにならぬよう、優しくまろやかな薄味(シンプル)に仕上げていきます。
そしてそれらのデザインされた内容を、お祝いの席に立ち会え貢献できることに感謝しながら、披露宴を暖かい情緒のある宴にしていくのです。』

いかがでしょうか・・・?考えすぎでしょうか・・・?
私にとっては特に<尖った感じにならぬよう、きつい感じにならぬよう、優しくまろやかな薄味に仕上げていく・・・>といったところがとても心に響きました。

締めくくりに、高野山真言宗管長の言葉を添えさせて頂きます。
相互供養 相互礼拝~ 『仏を求めようとする心を出発点とし、仏への礼拝を勤めれば、仏の大慈悲が全身を包み込む。仏の心に目覚めたものは、誰とでも拝みあい、供養しあい、喜びを分かつことができる』

宗教に関して不勉強な私ですが、1200年の歴史に根付く高野山の教え・その人間観>に大変興味を持ったところです。その教えはあらゆる宗教を越えて、私達の人生をよりよくしていく知恵>がいっぱいつまっているように思えてならないのです。
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# by qqbh8530 | 2005-07-03 00:49 | 司会
d0054785_15494449.jpg皆さんは自分の声を、テープに取って聞いたことがありますか・・?
「えっ、これが私の声・・?」と驚かれたのではないでしょうか。

私も時折ですが、自分の司会をテープに取って聞いてみることがあります。やはり「これが俺の声・・?こんなしゃべり方をしてるんだ・・?こんなトーンで話してるんだ・・?」と、愕然としたり、がっかりしたりします。自分であって、自分じゃないような感じです。

余談ですが、そのテープを何度も何度も聞いていると、だんだん慣れてくるのでしょうか、いつの間にか心地良いBGMのように聞こえてくるのでまいってしまいます。それではあまり意味がありませんので、毎回毎回テープに取るのはやめて、気が向いた時にテープに取り、自分の司会をチェックするようにしています。

自分の司会をテープに取って聞いてみると、いろんなことに気がつきます。
自分の話している内容の稚拙さ、表現の未熟さ、発音発声の不完全さ、間(ま)の悪さに気が付いたり、、ノリがいま一つだなぁと思ったり、コメントにもう少しスピード感があればもっと説得力が出てくるのになぁと、チョッピリ後悔したり・・・。
そして締めくくりに、その時、自分はいったいどういう「在り方」をしていたか・・も、みてみるようにしています。自分の在り方に迷いがない時ほど、やはりいい司会をしているように思います。

自分の司会をテープに取って聞くことは、一つの  「視点移動」  だと思っています。
自分の司会を客観的に、つまりもう一人の自分の視点から聞いてみる、列席者の立場(視点)で聞いてみる、プロ司会大先輩の視点で聞いてみる。視点を少しずらすだけで、いままで見えなかったものが見えてきたり、意外な発見、はっとする気づきがあったり・・と視点移動のスキルは、なかなかのスグレモノといった感じがします。
ただこの「視点移動」で得た気づきや発見を、そのままにしておくのではなく 「次への行動」 へと繋げていってこそ、このスキルに、本来の意味と価値が出てくるように思っています。

プロ司会者にとって、「視点移動」の機能するところは、なんと言っても、ベテラン司会者が陥りやすい「自信過剰とウヌボレ」に気づかせてくれるところではないでしょうか。この積み重ねこそが、謙虚で誠実な司会者を創っていくと思うのです。

よりよい人生のために、よりよい生活のために、よりよい司会のために、よりよいコーチングのために、このスグレモノ「視点移動のスキル」を、私は生涯使い続けていこうと心に決めています。
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# by qqbh8530 | 2005-07-02 17:06 | 司会
d0054785_1547575.jpgまずは、今日もまた、私のブログを覗いて下さって  ありがとうございます。
大切なあなたの時間を使って下さって  ありがとうございます。

コメントを書いて下さったあなたに  ありがとうございます。
なにかを感じて下さったあなたに  ありがとうございます。

そして、こうして自分の思いを表現できるシステムを考えて下さった方々に  ありがとう。
こうして表現できる機械(パソコン)を作り出して下さった方々に  ありがとう。

まだまだ まだまだ ありがとう は、言い足らず、
ありがとうの届け先は、もっともっとたくさん見つかるような気がしています。

私は、結婚披露宴の司会を約20年、ホテルウェイターの仕事も25年以上続けてきました。
私自身がとてもうれしく思った時々を思い起こしますと、そこにはいつも 「ウェイターさん、ありがとう」 「司会者さん、ありがとう」 「(名も知らぬ君に)どうもありがとう)」  といつもいつも、心からの  『ありがとう』  があったように思います。

ホテルウェイターとしてのあたりまえのサービスに対しても 「サンキュー」 と言って下さる。
エレベーターの 「開く」 のボタンを押しながら、先を譲ったり、あるいは乗り込む手助けをしたりしただけなのに、僕の目を見て、「どうもありがとう」と言って下さる。
クロークの場所を教えただけなのに、「ありがとう、助かるよ」と言って下さる。

「司会の仲澤さん、ステキな司会をありがとう」
この「ありがとう」のひとことで、私は仕事に対する「誇り」を思い起こします。

『ありがとう』は、ステキな言葉、美しい言葉、私の大好きな言葉。
言われるとうれしく、又自分で言っても、言える自分をうれしく思う。相手の笑顔にさらにうれしく思う。うれしい瞬間、好循環。

「ありがとう」の魅力に気づき、「ありがとう」を大切に使っていくと、司会の未熟さを超えてお客様との心の距離がグーンと近くなるような気がするのです。

司会のウラワザになるのかな?とも思いましたが、どの司会の本を読んでみても、ありがとうの大切さに触れているものはなかったので、あえて「ウラワザ」としてみました。いかがでしょうか・・・?
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# by qqbh8530 | 2005-07-01 00:42 | コミュニケーション

かみひとえ

d0054785_15515036.jpg3ヶ月前のこと、200名を超える一周忌ご法要の司会をする機会がありました。

前日、主催者から「G先生が、当日列席する議員の紹介も含めて、ご挨拶下さるようです。そのことも、ちょっと司会者さんよりご紹介下さい」と、メールが入る。

当日秘書の方にお願いし、G先生に確認を取る。秘書官いわく『先生、司会の方が、先生の(列席議員の紹介)について、前もって紹介してもいいかどうかを尋ねてこられましたが・・・?』

『そうか、よろしく頼む』と先生。秘書官は私に『OKだそうです。お願いします』と言う。

私の確認したかったのは、司会者の「それではここで、G先生より、追悼のお言葉頂戴したいと存じます。」と紹介するところを、主催者の意向にそって、「G先生より、 本日ご出席議員のご紹介も含めて、追悼のお言葉頂戴したいと存じます。 」と、言い換えても(紹介しても)いいかどうか?ということを確認をしたかったのです。(時折、当事者に確認すると、そんなこと、つまりここでは、列席議員の紹介のことなんか聞いてないぞ・・というケースが多々あるのです)

先生からOKは取ったものの、私はなにか腑に落ちないものを感じました。先生は、もしかしたら(司会の私が、出席議員の紹介をすると、勘違いなされているのではないか・・・。)という疑問です。

再確認するかどうか、迷いました。そして迷いながらも、先生に、こうお伺いしました。
『先生、先程のことなのですが、こんな感じで、ご紹介しようと思っているのですが・・。
「G先生より、本日ご出席頂いている市議会議員の先生方のご紹介も含めて、追悼のお言葉頂戴したいと存じます。」いかがでしょうか?』
G先生いわく『なんだ、君が出席議員の紹介をするんじゃないのか・・・、俺がやるのか・・・、よしわかった。』

背筋が凍る思い・・・ってこんな感じなのだろうか・・・、再確認してよかった・・・と、強く強く思いました。

迷いながらも、再確認したことで、事なきことを得た、大事に至らなかったと、ホット胸をなでおろしています。この時のことは、今でも鮮明に覚えています。

勇気を出して、先生に再確認しなかったら、とんでもないことになるところでした。まさに紙一重の経験です。
私はこの経験から、『迷う時ほど確認せよ』と、自分自身に何度も言い聞かせているところです。
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# by qqbh8530 | 2005-06-30 01:21 | コミュニケーション
ある時、司会の先輩 S氏が こんなことを言いました。
「仲澤君、披露宴の司会の仕事って、手を抜けばこんなに楽な仕事はないね、だけど本気でやったら、こんな大変な仕事はないね・・」と。
S氏は、以前女優の栗原小巻さんと一緒に、「ロメオとジュリエット」を好演した、役者兼司会者。才能の仕事に賭ける気概を持った先輩です。

披露宴司会も10年もやってると、少々飽きが来ます。要所要所をしっかり押さえればどうにかなっていくので、自然と (ここはちょっと手を抜いてもいいかな・・?)などと思い始めます。
ここが伸びて行く人と、そうでない人との境界線になると思います。かく言う私も、実はこの境界線を行ったり来たりした経験があります。                                 

d0054785_15573288.jpgS氏の素晴らしいところは、披露宴一つ一つを手を抜かないで、やり続けてきたところです。新郎新婦から、親族から、列席者から、ホテルから・・とにかくありとあらゆるところから情報を集め、披露宴に臨みます。たくさんの情報の中から、ほんの一握りの情報を、状況に合わせて、小出しにコメントしていきます。残りの情報は、日の目を見ないこともしばしばあるそうです。その日の披露宴に関する情報をたくさん持っている司会者は、豊かであり、余裕があります。地に足のついた司会になります。

手を抜いた司会とは、必要な情報以外あまり集めようとしない/よくある言い回し、常套句、陳腐化された言葉を、平気で使いつづける/新しいことにチャレンジしようとしない・・・等々。

手を抜いた司会は、素人さんはごまかせても、それぞれその道のプロの目はゴマカセません。必ずバレマス。
そのバレテ、コリテ、マイッタ私が、最近心がけているのが、次の三つです。
披露宴に対して、何事にも労を惜しまず、いつも新鮮なコメントを心がけ、毎回毎回新しいことに一つチャレンジし続けることです。

私はここに来て、「手を抜かない司会」に改めて挑戦し、先輩に少しでも追いついていこうと思っています。       
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# by qqbh8530 | 2005-06-27 01:00 | 司会
つい3ヶ月ほど前、結婚披露宴の司会をやっていて、こんなことがありました。

音響担当者いわく 「司会者さん、乾杯のあとに流す曲は、新郎新婦の唯一のリクエスト曲です。ぜひ紹介してさしあげて下さい。曲名は・・・です。」
司会の私は「はい了解しました。曲名は・・・ですね。」と答える。

乾杯が終わった。曲がかかった。私は紹介する。「皆様のお耳に届いていますこの曲、新郎新婦お二人の大好きなナンバー ・・・ です。まさに祝宴スタートにジャストフィットの選曲、こちらも又お楽しみ頂きながら、お食事ご歓談をおすごし下さい。」

曲が流れている中、音響担当者が、大慌てで私のところにやってくる。
「司会者さん、違います。この曲じゃないんです。このあとの曲が、お二人のリクエスト曲なんです。」
「だって、乾杯のあとの曲っていったじゃないか?」「いえ、乾杯の 曲の あとに流す曲という意味だったんです。」

ちょっと整理してみます。
音響担当者の 伝えたかった 内容は、
『乾杯の  「曲の」  あとに 流す曲は、お二人の・・・』でした。
ところが私に言ったのは、
『乾杯の  あとに 流す曲は、お二人の・・・』でした。
ここに 「曲の」 の省略があります。この省略が、コミュニケーションの不一致、司会者の「勘違い」を誘発したわけです。

ただ私は、音響担当者を責めるつもりは全くありません。人は誰も頻繁に、いつも、何かを 「省略」して、会話をしているからです。私が「省略」に気づいて確認すべきでした。

『司会者さん、カラオケ入ってるみたいだけど、「・・・」一つよろしく』 こういう依頼はよくあります。
省略されているかもしれない 「・・・」 に入る内容例を挙げてみます。
1.「唄好きばっかりだから、どんどん唄わしてやってくれ・・」 一つよろしく。
2.「私はカラオケがあまり好きではないんで、唄ばっかりにならないよう・・・」一つよろしく。
3.「わしに、さりげなくふってくれ、1曲唄うから・・・」一つよろしく。

言っている本人は、相手もわかっているはずだ・・という思い込みで 「省略」 してきます。
それでも、私達は会話の前後から、あるいは、今持っている情報から推測しながら、(1、2、3・・・)の選択を常にしつづけているわけです。

司会のウラワザ・・ 会話の中の 「省略」に気を付けろ としたいと思います。
これを意識できるようになると、随分勘違いが少なくなります。

人1倍、勘違いと思い込みの激しい私が、ここまで司会を続けてこられたのも、たくさんの「省略」に懲りて、学び、「省略」に気づき、できるだけ確認を取るようになってきたからだと思っています。d0054785_163721.jpg
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# by qqbh8530 | 2005-06-25 20:54 | コミュニケーション

つもり

d0054785_1651869.jpg昨日、特別養護老人ホームにいる70才になる東京の叔母を見舞う。半月ぶりということもあって、叔母は大喜びで、ベッドの中から私に握手を求めてきた。
「叔母ちゃん元気そうだね」「あっ、髪の毛、きれいに染めたね、随分若返ったよ」と、私は明るく声をかける。そして「叔母ちゃん、恋人でもできたんじゃないの?」と冗談まじりに私が言うと、叔母に笑顔がこぼれ、「おっ、その笑顔、いいねぇ、ますますもてるようになるよ」と、言うと、叔母は顔を崩して笑顔満開となる。私の冗談まじりの声掛けで、叔母の内面が変化し、少しだが元気になったような気がする。迷ったけれど、来てよかった・・と思う。

失敗もあった。
箪笥の衣類を、冬物から夏物へと入れ替え作業をした。叔母いわく「それは夏物だけど、色がよくないから、実家へ持って帰ってほしい」「それは冬物でも、足が冷えるから箪笥に残しておいて・・」  衣類には人一倍こだわりを持っている叔母なので、一つ一つ叔母に見せて、許可を取りながら作業を進めていく。
その叔母が次第にノラナクなってきた・・・。

どうやら私の一つ一つの衣類の見せ方が、速すぎるようだ。また、ベッドに寝ている叔母にとっては、私の衣類の見せ方が、見えにくくて気に入らないらしい。
ベッドと箪笥の距離は約2メートル。私はその箪笥脇で叔母に衣類をみせていた。

今度は、衣類を一つ一つ、叔母の顔近くまで持っていって見せてあげた。叔母は片手(右半身麻痺の為)で、衣類にさわってみたり、顔に当ててみたり、その風合いを確かめ味わい、楽しんでいるようだった。とても満足そうな顔をしている。

私はふと気が付いた。私は、叔母に衣類を一つ一つ「見せていた・・つもり」だが、叔母にはよく「見えていなかった」のだ。

何年か前の、山川静夫アナウンサーの手記を思い出す。
少人数のお酒の席、宴もたけなわ、ベテラン山川アナが新人アナウンサーに手渡したメモ・・・・・
『君は一生懸命伝えているが、伝わっているか・・・酔って候 山川』とメモ書きした箸袋を手渡した、という話し。

「伝えている(つもりでいる)が、伝わっているか・・・?」
「見せている(つもりでいる)が、ちゃんと見えているか・・・?」  この二つの疑問符が、改めて私の胸に迫ってきます。

叔母を見舞ったお陰で、又一つ、大切なことを学ぶことができたように思います。
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# by qqbh8530 | 2005-06-23 17:32 | コミュニケーション

たった ひとこと

d0054785_167475.jpg私の叔父は今年79歳。謡曲を始めて50年。
昔ある時、中学生の叔父は、隣の家のお風呂を借りて入る。気分に任せて唄を唄ったところ、その家の人に『A君(叔父の名前)は、声がいいねぇ』と誉められる。その一言が、そのたった一言が、後々謡曲を習い始めるきっかけの一つになったそうです。謡曲に親しんできた50年の歳月は、その「たった一言」に支えられているように思うのです。

また、私も、当時教員をやっていた叔母から、『宏ちゃん(私の名前)は、文がうまいねぇ』とよく誉められました。その一言のおかげでしょうか、今でも文を書くことが大好きです。

自分の身なりはよく承知しているつもりですが、それでも人から「仲澤さん、かっこいいよ」と一言言われると、ちょっとだけど、その気になります。
体調があまり優れていなくても「仲澤さん、調子よさそうね」と一言言われると、(あぁ、悪くもないかなぁ・・・)なんて思いはじめます。

『たった一言が人の心を傷つける・・・たった一言が人の心を暖める・・・』  
富山の薬屋さんが教えてくれた言葉ときいてますが、私はこの言葉をとても大切にしています。この言葉をさらに膨らませようと思うと、次から次へと言葉が浮かんできます。

たった一言が、人の心を明るくさせる・・・/たった一言が人の心を元気にさせる・・・/たった一言が人の心を弾ませる・・・/たった一言が人の心を躍らせる・・・/たった一言が人の心を愉快にさせる・・・/たった一言が人の心をやさしくさせる・・・

思えば20年も結婚披露宴の司会をやってきました。ゆくゆくは、私のたった一言で、列席者の気持ちを暖かくしていく・・・そんな司会者を目指していきたいと思います。 

「たった一言」を愛し、「たった一言」にこだわり、「たった一言」に学びつづけていきたいと思うのです。
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# by qqbh8530 | 2005-06-22 15:39 | コミュニケーション
d0054785_168494.jpg十数年前の春、あるホテルで結婚披露宴の司会をしていた時、こんなことがありました。

後半、メインディッシュ(お肉料理)の出ている頃、年配の方のスピーチが続いています。
もう15分も話しています。話の内容は最初は良かったのですが、次第に焦点が分散、ここまでくると「自己陶酔型」のスピーチです。

ホテル側は、シビレを切らし、静かにお皿を下げはじめました。(通常は祝辞が終わったところで、お皿を転換します。お皿を下げる時に生ずる騒音やウェイターの動きで、スピーカーに失礼にならないよう、また、スピーチに耳を傾ける方々の邪魔にならないように・・という配慮です。)

私は長年ホテルのウェイターもやっていますので、「時間の関係」でお皿を下げざるを得ないホテル側の気持ちが、痛いほどわかります。ナガーイ祝辞が終わったところで、私はこう言いました。
『お祝いのお言葉有難うございました。このままお開きまでお話なされるのではないかと、司会者として、ハラハラいたしましたが、さすが人生練達の士、程よい所で見事に締めくくって頂きました。尚、お話の最中ではありましたが、お料理の関係で、お皿を下げさせて頂きました。少々お耳を騒がせましたが、皆様のご協力有難うございました。』

キャプテンが来て「『司会者さん有難うございました。さすがですね、ああ言って頂くと我々も大変助かります。』
時間の関係で、お皿を下げざるをえないホテル担当者の「胸のうち」を、代弁したからでしょうか・・・。
大雑把なまとめ方ですが、ここでは、「お客様も大事だが、ホテル側の料理や時間の都合も大事なこと」といった価値観を感じます。

ところ変わってここはホテルオークラ。同じような状況があったので、私は司会者として、やはり同じようなことをアナウンスしました。ところが・・・・
ホテルスタッフの『エーッ なんていうことを司会は言うんだろう・・・?』と、あきらかに拒否反応を示すリアクションです。時間の関係、つまりホテル側の都合で、お皿を下げたことに、ことさら触れてほしくなかったのです。スピーカーとお客様の集中をさまたげないよう、細心の注意を払って、ソーッとソーッとお皿を下げたのに、司会者にそのことをお披露目されてしまっては、これは正直いって、まいります。
ここではなにはともあれ、「お客様第一、ホテル側の都合は、目立たず、さりげなく・・」という価値観を感じます。

どちらが良い悪いを論ずる気持ちは全くありません。私の興味深いのは、相手側の価値観の相違によって、司会者の放った言葉の意味が、まったく変わって受け取られていくという現象です。私は、このことから 『言葉は、自分の意志を離れて、独自の働きをする』という法則を、再び確認します。同時に、だからこそ、言葉に対して、そして人に対して 「謙虚」 であらねば・・と自分を戒めます。

さまざまな価値観の人達が、縁あって、同じ時間に、同じ場所に集まり、同じ結婚披露宴の仕事を分担して遂行していきます。俺が 俺がの仕事から、君はどう・・?あなたはどう思う・・?の歩み寄る「謙虚さ」を大切にしていきたいと思うのです。その「謙虚さ」があれば、お互いの誤解や意識のスレチガイが少しだけ減って、もっともっとステキな司会ができるようになると思うのです。
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# by qqbh8530 | 2005-06-20 23:20 | 司会

鯉の彫り物

d0054785_1694375.jpg江戸時代の伝説の彫刻家 「左甚五郎」 の物語を、私の記憶のままに要約してみます。

・・・「我こそは左甚五郎なり」と名乗る『偽者』が現れる。どちらが本物の「左甚五郎」かを決める為、殿様の命令で、『鯉の彫り物勝負』をすることになる。期限は1週間。

偽者「左甚五郎」は順調に鯉の彫り物を仕上げていく。
本物「左甚五郎」はというと、鯉を彫ろうともせず、朝から晩まで池のほとりで、鯉を観てばかりいた。

勝負の当日、偽の甚五郎は、「金ぴかに輝く鯉の彫り物」を提示する。本物の甚五郎は、「みすぼらしいすす色をした鯉の彫り物」を差し出した。
偽の甚五郎に軍配が上がろうとした時、本物の甚五郎いわく、『魚(うお)は水を得てこそ魚(うお)でござる。この彫り物を水槽の中に放ってほしい』と懇願する。水槽に放たれた鯉の彫り物は、水を得て生き生きと泳ぎだす・・・。
ついに本物の甚五郎に軍配が上がった。・・・・・・

本物の甚五郎は、1週間のうちのなんと6日間、池のほとりで、ただただ 『魚(うお)の本質』 をつかもうとしていたのです。この姿に、この心の在り方に、「一流中の一流」の原点を見ることができると思うのです。
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# by qqbh8530 | 2005-06-19 17:41 | よりよい人生の為に

 一流を知る

d0054785_16103858.jpg日本人で初めて、アメリカプロバスケットボールNBAでプレイをする田伏勇太さんは、幼少期、お父さんの集めた「NBAの試合のビデオ」を、何度も何度も見ていたそうです。

相撲貴乃花親方も幼少期から、活躍する父の相撲取り組みを、再三ビデオで見ていたそうです。

田伏・貴乃花両氏に共通する点は、「その世界のトップクラス、いわゆる一流のプレイを何度も何度も見て、鮮明なイメージを脳裏に焼き付けいていた」点だと思います。

私は、司会デビューした20年前、JTプロダクション 現社長 鶴賀二郎氏の司会ばかりを、集中して見学しました。カセットテープで録音させて頂き、そのテープを擦り切れる寸前まで、何度も何度も聴いたことを懐かしく思い出します。

その当時から司会業界のオピニオンリーダ-であり、プロ司会者を牽引してきた氏の司会は、スピード感・説得力・コメントの質の高さ・人間力・・等どれをとって見ても、超一流の司会者でありました。
私は社長の司会を一つのモデルとして、まねてまねてまねをしました。社長からは「俺の真似をするな。おまえが俺の真似をしたって、俺は俺、おまえはおまえなんだ・・」とお叱りを受けました。それでも私は、社長の司会をまねし続けました。そのおかげで、今の自分があるんだと思っています。
やはり見るなら「一流のプレイ」を見ることが大切です。

『才能の仕事の本質は人間性です・・・』 社長の一言です。
この一言に目が醒めました。司会の技術ばかりに気を取られていた私は、次第に「人間性を高めていくことが、、もしかしたら一流の司会者になる近道なのかもしれない・・・」と、思うようになるのです。
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# by qqbh8530 | 2005-06-19 00:08 | 司会
d0054785_16115655.jpg20年近く結婚披露宴の司会をやっています。
ウェイターの仕事もそれ以上の年月をやっています。
二足のわらじをはきながら・・・、デコボコした道を、迷いながらも歩んで参りました。

時折、縁あって、司会の後輩達が、私の「司会の見学」をする機会があります。
その後輩達に、ぜひとも、これだけは伝えておきたい・・と思っていることがあります。

それは、
披露宴の始る前、宴の途中、そしてお開きのあとの合計3回、「司会レクチャー台を、常にキチンと整理整頓しておくといいよ」と、伝えることです。さらに、『レクチャー台をキチンとしておくと、ハプニングやアクシデントが起こりにくくなるんだよ』と、付け加えています。

あまり科学的ではありませんが、私の20年の経験を通しての、一つの実感です。
ハプニングやアクシデントが起こった時の状況を振り返ると、往往にしてその時の、自分のあり方に何か、ダーティーな心のあり方があったように思えるのです。レクチャー台の書類の数々も、あっちを向いたり、こっちを向いたりしています。
気がかりなことがあったり、もやもやしていたり、いらいらしていたり、なんとなくカッタルカッタリ・・・人間だからそういった時は誰しもあるけれど、そういった心のあり方のままで臨んでいくと、なぜか、いやなことと遭遇することが多かったような気がするのです。

ある役者は、舞台に立つ朝は必ず、水をかぶって、心と体を清めるのだそうです。
また、お笑い界の寵児「桂三枝」も、舞台の前の一週間は禁酒をします。舞台へ上がる直前には、控え室で丁寧に歯を磨くそうです。『お客様の前に出るのだから・・・』と。

自分の今の在り方をキチンと整える・・・心の在り方や、身の回りの環境を整えることは、司会の「技術」を磨くことと同じくらいに大切なことと思えてなりません。

私は、披露宴の終わった後、司会レクチャー台をきれいにします。心をこめてきれいにします。古い人間といわれようと、私はこの一つのことにこだわリ、機会あるごとに、後輩に言い続けていきたいと思っています。
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# by qqbh8530 | 2005-06-16 00:44 | 司会
ちょうど10年程前、こんなことがありました。

ある披露宴の司会をした時のことです。
『司会者さん、ワシらの時には、このテープをかけてくれ、これで皆で武田節を歌うから・・・』

私は、気をきかせて、音響担当者に、レーザーディスクの「武田節」を流すよう指示しました。

唄が始りました。5人位のグループで唄っています。一所懸命さは伝わってくるのですが、どうも「不完全燃焼」といった唄いぶりでした。

唄が終わったところで、司会の私は、『個性あふるる5人の勇士の方々が、マイペースで歌って下さいました。その一生懸命さと意気込みに拍手を送りたいと思います。』と、アナウンスしました。ほどほどの拍手も起こり、私は次の登場者の紹介を始めました。そこに先ほどの武田節のテープを持ってきた部長さんが現れ、私をにらんでいるのです。

部長さんいわく『なぜ、わしの渡したテープを、ながしてくれなかったんだ?武田節のテープにも3種類あって、このテープが一番わしらにあうんじゃ。このテープで皆で何回も練習してきたんだ。前回唄った時、社長も喜んでくれたのに、今回はあんたのために、だいなしじゃぁないか、いったいどうしてくれる・・・』 それはもうかんかんでした。

お客様持込の、武田節のテープには、このテープでなくちゃだめだ・・・という、「特有の意味」が付加されていたのです。その意味を見落としたのです。『大勢で唄うのなら、歌詞が見えるレーザーディスクのほうがいいだろう』と気をきかせたつもりが、とんだ私の勘違いだったのです。

さて話は大きく変わりますが、コーチングのセッションの時、クライアントの出すテーマにも、「その人特有の意味」が付加されています。そこをしっかりつかんで、出されたテーマを、同じ概念の「土俵の上」に載せないと、迷走コーチになってしまいます。

「それ特有の意味」をキャッチするセンスは、どうやら司会にもコーチングにも、とても大切なセンスのように思えてなりません。

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# by qqbh8530 | 2005-06-12 23:27 | 司会
d0054785_16161720.jpgこんな経験はないでしょうか?

相手を勇気付けようと思って言ったのに、『余計なお世話よ・・』と、言われたこと。
良かれと思って言ったのに、不愉快な顔をされてしまったこと。
又、まれに、内心軽い気持ちで言ったのに、『そこまで考えていてくれたのか・・嬉しいよ』と言われたこと。

自分が取ったコミュニケーションの結果が、思わぬ方向へ行ってしまう・・・。よくある出来事です。

『言葉は、自分の意志を離れて、独自の働きをする』・・・私は、この言葉をいつもいつも、心に言い聞かせています。
そして、自分の放った言葉のうしろ姿を、ほんの一瞬でも見届けようと心がけています。

こんな経験はないでしょうか?
相手に何か言った瞬間(あっ、まずいことを言ってしまったかな・・)と思って、すぐにその言葉を取り消そうとしたこと。
相手に何か言った瞬間(あっ、ちょっとニュアンスが違うな・・・)と思って、すぐに言葉を言い換えようとしたこと。
『言葉のうしろ姿をみる』とは、自分の言葉がどう相手に届いているのかな・・・?と一瞬考えてみることをいいます。

自分の放った言葉のうしろ姿をみることで、ほんの少しかも知れませんが、ミスマッチコミュニケーションの軌道修正ができるように思うのです。

      
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# by qqbh8530 | 2005-06-12 14:18 | コミュニケーション
d0054785_16251869.jpg新郎 新婦の 入場で ざいます。」         
(ご)をなんと4回使っています。

もっとすごいのがあります。
「ご新郎 ご新婦の ご入場で ございます。」
(ご)を4回、(ご)に加えて(様)も2回使っています。

私は違います。
「新郎新婦の入場です。」・・・と言います。
スッキリしてると思いませんか?

ちなみに宮中晩餐会での、天皇皇后両陛下並びに皇族の方々の入場は、式部官の控えめながらも威厳を持った一言、「お出ましでございます。」・・・ここでの「ご」は、至極納得。 

(ご)を使いすぎると、相手を尊重する気持ちが伝わりにくくなります。
心から相手を尊重していれば、言葉に「やわらかさ」や「あったかみ」が出ます。それで十分!
(ご)を使いすぎた丁寧すぎる言葉は、かえって耳障りに聞こえることすらあります。

初めて司会をする方々、やたらに(ご)を付けるのはやめましょう。
また「忌み言葉」もあまり気にしないで大丈夫です。
列席者は、おめでたい席に免じて、おおめにみてくれます。
もしもおおめに見てくれないような人がいたら、その人はうつわの小さき人です。
列席者の見ているところは、司会者の「真剣さ」と「誠実さ」です。

(ご)は使うほど面倒なことになります。司会のウラワザ・・(ご)はご勘弁。
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# by qqbh8530 | 2005-06-11 21:50 | 司会
d0054785_16324476.jpg最近こんな言葉に惚れています。
・・・・・たった一言が人の心を傷つける、たった一言が人の心を暖める・・・・

司会者のたった一言が、ピリピリした会場の雰囲気を、なごやかにすることがあります。
コーチのたった一つの質問が、その人の心を、真っ青な青空のごとく、さわやかにすることもあります。

コーチングに出会ってこの1年。「ひとめぼれ」です。時として「分け入っても分け入っても青い山・・・」の心持ちになり、時として「覚醒の感あり」と思うこともあります。

コーチングとの出会いが、私の「司会」を確実に変えています。
新郎新婦と初めての顔合わせ、そして打ち合わせ・・・ラポール/ペーシング/相づち/要約/確認/共感/承認/フィードバック/アドバイス/力づけ/GROWモデル/そしてメタ成果/リフレーム、そして繰り出される効果的な質問・・・・新郎新婦との司会打ち合わせは、まさに「コーチング」そのものです。

最近私は、コーチングの知識とスキルを意識しながら、打ち合わせをしています。お客様との信頼関係を以前より早めに創ることができるようになった気がします。新郎新婦お二人の人柄もうまく引き出せるようになりました。コーチングを学び始めて、今迄司会を20年やっていても気が付かなかった新しい視点を、たくさん増やすことができています。

ゆくゆくはプロ司会者になりたいと思っている方々、司会のウラワザ その4は、ずばり 「コーチング」です。一緒にがんばりましょう。
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# by qqbh8530 | 2005-06-09 16:33 | コーチングと司会
興味深い法則があります。3つに分けられています。
人が人を判断する時・・・*表情や態度で判断する 55%
               *声のトーンや語り口で判断する 38%
               *言語(内容)で判断する 7%                  
               (アルバート・メラビアンの法則)
効果的に人を挽きつけるのには、どうやら「見た目」が大事なようです。
しかし、人は勝手なもので、外見から次第に言語内容へと興味を移していきます。最終的にはその人の人間性が、判断の対象になると思います。

結婚披露宴の流れを把握する方法は、3つの部屋つまり「始めの部屋/まん中の部屋/終わりの部屋」と、3つの部屋に分けて考えると、理解しやすくなリます。
*始め(のセレモニー)の部屋・・・開宴/二人の紹介/主賓祝辞/ケーキ入刀/乾杯迄を、一つの部屋と考える。
*まん中の部屋・・・・・・・・・・食事歓談/お色直し/祝辞/余興を、一つの部屋と考える。
*終わり(のセレモニー)の部屋・・花束贈呈/両家代表謝辞/お開き迄を、一つの部屋と考える。
演出的には、「始めの部屋と終わりの部屋」は、「セレモニーの部屋」で厳粛に簡潔に、「まん中の部屋」は、食事の進行とともに次第に和やかに楽しく・・・といった感じでしょうか。

披露宴列席者も大きく3つのタイプに分けることができます。
*披露宴を楽しませてもらいたいタイプ(受身型)
*他の列席者を楽しませたいタイプ(社交型)
*披露宴自体にはあまり関心がなく、それよりもお料理や飲み物を楽しみたいタイプ。(マイペース型)

物事を単純化するコツは、現代人間科学研究所所長飛岡健さんの、「3つに分けてみる。3つの流れ。3つのランク。3つのパターン。」という考え方に助けられます。

司会初心者の方々・・・披露宴全体を大きく3つの部屋に分けてみましょう。そして、始めと終わりのセレモニーの「2つの部屋」だけに焦点を合わせ、必要最小限の言葉を選び、練習するのです。100回200回と・・・。まずは2つの部屋をしっかり抑えて、余裕が出てきたら、そこで初めて「中の部屋」に取り組むのです。そうです。しっかり一歩一歩着実に歩むのです。

また、当日の披露宴では、列席者3つのタイプのうち、「楽しませてもらいたい」タイプには、(まだまだ経験が浅いもので・・)と、ごめんなさいをします。そのかわり「楽しませたいタイプ」に、お願いして程よく盛り上げてもらいましょう。「飲食を楽しみたいタイプ」の方々はそっとしておきます。
なにはともあれ、初心者にとって、複雑難解な披露宴の司会も、大きく3つの部屋に分けて考えると、前方にほのかな明かりが見えてくるような気がするのですが・・・。
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# by qqbh8530 | 2005-06-08 17:16 | 司会
d0054785_16453084.jpgシンプル イズ ザ ベスト ・・・私の所属するJTプロダクションのボス、鶴賀二郎氏が提唱するキーワードです。氏は司会業界の羅針盤、常に「時の人」としてご活躍なされている方で、私の尊敬する方でもあります。

氏の書いた「宴と縁」の中にこんな1節があリます。(仲澤の解釈に沿って要旨を記す)
「披露宴は、120パーセント形式である。一つが終われば、次に何が始まるのか、出席者は先刻ご承知である。それなのに、ことさら人々の歓心を買おうとして、形容詞過多の、厚化粧した表現で言葉を並べ立てても、聞く人の心に通わない。それどころか押し付けがましく、不快感さえ与える。
逆に分かりきった言葉で、自然な語り口で、簡潔に話す。言葉は贅肉をそいでいくことで深みを増す。言葉は多様性を持っている。決まったせりふを形式を踏んで話しても、語る人が実感した心を表現すれば、お客を心地良くさせることができる。司会者は百万言並べ立てるトーキングマシーンではない。
プロ司会者イコール饒舌ではなく、少ない言葉の行間に、どれだけの思いを埋め込めるかが、シンプルイズザベストの意図する所である。」

プロ司会者は、自身の感性よって選びぬかれた一言に、その時々の実感をそえてしゃべっているわけです。特に最初のセレモニー部分では、とても大切なセンス・・シンプルイズザベストなのです。

ですから、やはり初心者はあまりしゃべってはいかんのです。しゃべればしゃべるほどボロが出ます。
どうぞ安心して、たったの一言に、ぜひこだわって下さい。そしてそのたった一言に、あなたの心を注いで下さい。

開宴の辞は…たくさんしゃべってはいけません。
「只今より、春野・秋野ご両家の結婚披露宴を開宴致します」・・・たったこれだけでいいのです。
シンプル イズ ザ ベスト が、ベストなのです。
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# by qqbh8530 | 2005-06-07 13:35 | 司会
故 小渕元首相は、8人のブレーン(相談相手になる学者・専門家のグループ)を持っていました。バランスの取れた長期政権型だったそうです。それに比べて、橋本元首相は、ブレーンが少なく、比較的短期政権に終わりました。

素人の方が、初めて披露宴の司会をやる時、「何人かのブレーンを持つ」・・・これが司会のウラワザの一つです。何もかも一人でやろうとするから、司会の大役を仰せつかりました友人の・・となるわけです。大役には違いありませんが、より重い大役にしてしまっているのは、当事者です。

役割を少し分担してみましょう。
1.祝電は必ず他の方に任せます。祝電を袋から出し、新郎宛て、新婦宛て、新郎新婦お二人宛て、ご両家宛ての4つに分類し、電文がすぐ読めるよう、読みやすいよう折り返し、氏名の読み方と披露する順番の確認などをしてもらうブレーン(友人・知人・親族)を持つのです。

2.披露宴進行全体に関しては、相談できるブレーンを持つ。ホテル予約担当者以外に、私のようなプロ司会者をコーチに雇うのです。(これはウラワザ中のウラワザです)。
ただ、まだホテル・式場には、システム化されてていませんので、十分な対応は望めません。が、とても大切なことです。まったく心の負担が軽くなります。

いずれにしても、一人で何もかもやろうとすると、わからないことだらけだと思います。
明日本屋さんに行って・・・本屋さんに行っては、だめです。
本屋さんに行って、その手の本は読んではいけません。なぜなら、その手の本は、プロ司会者の視点から、プロの仕事をするために書かれた本だからです。情報過多、迷うだけです。ますます混乱するだけです。ポイントは司会者としてやるべきことを、いかに絞込みそこに集中して取り組むこと・・・なのです。

3.司会のアシスタントを作ります。あなたの手となり、足となり心からサポートを惜しまない友人がいいでしょう。

  これでブレーンは3人となりました。 続きはまた後日、ごきげんよう!
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# by qqbh8530 | 2005-06-06 00:01 | 司会
d0054785_1731235.jpg先日5月27日宮内庁「連翆の間」において、ブラジル大統領をお迎えして宮中午餐会がありました。
縁あって、私は午餐会の配膳要員(ウェイター)として食事のサービスをして参りました。

天皇陛下主催のこの午餐会には、皇后陛下をはじめ皇太子、紀宮様等皇族の方々、宮内庁関係者、そして外務大臣はじめ両国の外交団の方々総勢30数名の出席でした。
食事は、天皇陛下が、ご自身のテーブルナプキンを手にした時にスタートします。取り仕切る人は誰もいません。天皇陛下のアクションが合図です。

食事の進行は、出席者のお料理のお召し上がり具合を見て、主膳長(料理サービス全体の流れをリードする人)のサインで、料理サービスがおこなわれ、食事のコースが進んでいきます。主膳長も一言もしゃべりません。

午餐会には特にセレモニーはありませんが,「乾杯」があります。メインディッシュを食べ終わったところで、乾杯用のシャンパンが配られます。全員にシャンパンが行き届いた時、主膳長からのサインを受けた式部官が、天皇陛下の近くに進み、陛下の耳元で一言ささやきます。
陛下は着席のまま、ご自身のシャンパングラスをおもむろに目の高さまで掲げ、全体に視線を配っていきます。
陛下の「乾杯しましょう」という意思が、あっという間にさざなみのように広がっていき、わずか数秒のうちに、全員がグラスを持って,陛下に視線を合わせていきます。そこで陛下は柔らかな笑みを浮かべ,グラスをさらに掲げ「乾杯」となります。

誰も「かんぱーい」などと言いません。黙って乾杯です。互いに視線をあわせ、笑みをたたえ、杯を掲げる・・・。これが「サイレントトースト」だそうです。

ここにもやはり司会者は不在です。
主膳長のサイン・式部官のひとことの耳打ち・陛下のグラスを掲げる行為が、場面の展開をリードしているわけです。

私はここに、「司会の本質」があるような気がしてならないのです。

宮中午餐会と結婚披露宴を同じ土俵に乗せるつもりはありませんが、選び抜かれたたった一言と、司会者の意図した意味のある動きふるまいがあれば、宴は十分進んで行きます。

初めて司会をする方々、そしてプロ司会の新人の方々、たくさんしゃべる必要は一切ないのです。
必要最小限の吟味された言葉を、用意すれば大丈夫です。
前回書いたとおり、披露宴のオープニングは、たった一言「新郎新婦の入場です」だけでいいのです。
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# by qqbh8530 | 2005-05-30 22:20 | 司会

司会のコツ

d0054785_1654496.jpg 司会歴20年、主に結婚披露宴の司会を約2000組以上。一組一組が私にとっては、貴重な体験でした。ただ組数自体にはあまり意味がありません。司会はベテランらしい、というラベルを貼ることができる位のことです。大切なのは司会の質です。

私はもともとホテルのウェイターです。
ウェイターの仕事をしながら、たくさんの司会者の進行ぶりを見聞きしてきました。
あの人みたいな司会をしてみたい、あんな司会は絶対したくない、そういった思いの一つ一つの積み重ねが、今の私の司会スタイルを作っています。
今は亡き逸見政孝さんをはじめ、キー局のアナウンサーの司会もたくさん見る機会に恵まれました。さすがにアナウンサーは、発音・発声・プレゼンテーション力等々素晴らしいの一言でした。
ただ披露宴の独特の流れには、今一つ乗り切れないでいる姿を垣間見ることもあったように思います。
そんな経験を通して、「司会のコツ」について考えてみたいと思います。

「司会のコツ」の類の本は多数出版されています。
そのほとんどが、プロの視点からみた、より良い司会をするための「コツ」が書かれています。同じプロの私も、大変参考になることがたくさんあります。ただその類の本を読めば読むほど、ひとつの疑問が沸き起こります。
本の著者の方々は、読者の対象を絞っていないのではないか・・・という疑問です。幅広い読者層を対象にしているとは、思いますが、しろうとの方々には情報過多であることは、明白です。

私だったらどのレベルの司会者を対称に書いたのかを明確にします。そしてなれてない方々には、それなりの本をお薦めします。、・・・あれ・・そういう本はまだ見たことがないなあー。では、私が喜んで書いてみましょう・・ということでこのコラムは誕生しました。

あくまで、はじめて披露宴の司会をやる方々を対象に書いていこうと思っていますが、せっかくですので、付加価値として超ベテランの方々が読んでも,意味のある内容にしていきたい・・・そんな気持ちでトライしてみます。

いきなりですが、新郎新婦入場の場面です。

「本日は皆様お忙しいところ、ご出席くださいまして、誠に有難うございます。これから新郎新婦が入場します。カメラをお持ちの方どうぞご準備下さい。それでは新郎新婦の入場です。」と、ある本には書いてありました。
これでも短いほうです。それでも初めての方には、長すぎるコメントです。
本当はたった一言「新郎新婦の入場です」だけで十分なのです。 
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# by qqbh8530 | 2005-05-22 01:25 | 司会

よりよい人生をめざして                       


by qqbh8530