司会のウラワザ

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よりよい人生をめざして                       

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お天神講

今日は司会の話からそれます。
今住んでいる地域でお天神講祭りがありました。

お天神とは、学問の神様 菅原道真をさします。
小・中学校に通う子供達が、地区の公会堂に一同に会します。
折り紙に一文字づつ、墨と筆を使って習字と同じ要領で、指定された文字を書きあげます。
中学生は一番難しい<奉納天満天神宮>と書き、その折り紙を順番に糊で貼って連ね、紐で笹に括りつけ、道祖神に飾り、2礼2拍手一拝・・、勉学の向上を祈ります。

笹に括りつけられた<奉納天満天神宮>の折り紙は、やがて風に吹かれて周辺の道路に散らばります。
それを良しとしない育成会長さんは、その日のうちにすべてを撤収します。
逆に、お祭りなんだから少々の散らかりは仕方がない・・と考える育成会長さんは、約1週間飾ります。

その年その年の会長さんの判断です。
今年は私が判断する番です。
数人の先輩に聞いたところ、見事に2分しました。即日撤去派と、1週間後の撤去派の2つです。

迷いました。
結局私は中庸を取りました。
笹はそのままにし、色紙のみ撤収し、その色紙は全部まとめて箱に入れ、そして神棚に納めました。

賛否両論あることでしょう。
子供達の書いた習字の色紙が風に吹かれて笹と遊ぶ景色は、いかにも風情があり、田舎の情緒そのものです。数日後、お天神さんの近くを通った子供達が自分達の作品を見つける楽しさもあることでしょう。
ただ、周辺の道路が汚れてしまうのです。

来年は、折り紙はやめて、もっとしっかりした布のようなものに・・と考えたその時、風に飛ばされなくなっていく折り紙に、なにか小さな命のようなものを感じ、いとおしく思え、だからこそいいのだ・・と叫ぶ声が聞こえてまいります。どうしたものかと再び迷い始めてしまいました。

いずれにしても、ふるさとの暖かな伝統は続けていきたいものです。
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by qqbh8530 | 2009-03-15 17:01 | よりよい人生の為に

司会塾 東京特別講座

昨日は、全国の司会者が集う司会グループ~BMCA主催の<司会塾>に行ってきました。
4回シリーズの3回目、私はこの日だけの単発参加です。
講師は日本司会芸能協会 理事の、ふしぎ 良 先生。
司会者の地位向上、資質向上を切望し、全国にその意識改革の種を撒いていらっしゃる方です。

年齢を感じさせない情熱家で、自身の持っている情報を惜しみなく開示して下さいました。
長年の芸能司会経験から見出した技術だけでなく、なぜそうなのか、なぜそう言わなければならないのか・・といった理論もお話下さいました。

司会者は個性的であるべきです。
どの司会も皆同じような司会振りでは、とても司会者の地位向上は望めません。
その人ならではの司会、その人の人柄があふれる司会・・。
そういった意味では、昨日のふしぎ先生の講義は、貴重な問題提起でありました。
オリジナリティあふれる個性的な司会術を構築するための<考えるヒント>になったように思います。
講義を通して、私は私なりに、司会コメントの<再チェックの必要性>を感じました。


披露宴冒頭のよくあるコメントです。
「大変長らくお待たせ致しました。それでは新郎新婦の入場です。」

・本当に、お客様を<長い間お待たせ>したのか?
・定刻スタートなら<大変長らく>は余計ではないか?
・仮に<お客様をお待たせした>とするなら、お待たせて申し訳ない・・という実感が、コメントの表情 にさりげなく表れているか?実感を伴わないコメントは、没 個性 だと思います。

そんな事を少しづつ考えていく事にします。
新しいコメントを考え出す時ほどの、ワクワク感はありません。
でもそういう地道な努力が、やがては司会者の個性へと繋がっていくと思います。
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by qqbh8530 | 2009-03-13 10:39 | 司会
披露宴司会~。
特に新人司会者は、キャプテンのひとこと一言に、けっこう振り回されるものです。

「あんた、それでもプロなの?」
「何やってんですか?プロでしょう!?」
「なんか、お客さんしらけてますよね、司会者さん」
「ちょっと、勘弁してくださいよ。私合図おくりましたよね!なんでコメント入れないんですか?」
「いつになったら終わるんですか?この後もう一本(披露宴が)あるんですよ!」
「そんな事いちいち言わなくたって分るでしょう」

以上は、これまでに私が実際にキャプテンから受けた言葉です。
辛かったです。悔しかったです。
今思うとよく我慢したと思います。でもその我慢の延長線上に、今の私がいると思っています。

対処法を整理してみます。
・悩まないであきらめる事が肝要です。
こういう乱暴な言葉を発するキャプテンは、永遠にいなくはならないと思います。
運なのか、縁なのか、たまたまなのか、必然なのか・・そのキャプテンはあなたの前にいるのです。
キャプテンを代えて下さいとは言えません。代役は不可能です。そのキャプテンとやっていくほかありません。
どうにもならないことです。だからあきらめるのです。そして我慢します。一に我慢、二に我慢です。

・努めて何もなかったように(少々顔がこわばってもいいのです)、笑顔で(作り笑顔でもいいのです)
丁寧にそのキャプテンに接します。

・挨拶はきちんとします。
入りの挨拶例・・「○○キャプテン、おはようございます。いつもお世話になり有り難うございます。本日もどうぞ宜しくお願い致します。」(必ずキャプテンの名前を入れます)

アップの挨拶例・・「○○キャプテン、今日も大変お世話になりました。数々のご指摘、本当に有り難うございます。少しでも次回に生かせるよう頑張ります。今後とも宜しくお願い致します。有り難うございました。」(挨拶内容は各自考えて下さい)

・その時々に
「はい」という明るく素直な返事をします。
「申し訳ありません」という謙虚に誠実な謝罪をします。
「○○キャプテン、有り難うございます」ちょっとした小さなことに対しても必ず感謝の気持ちを伝えます。


司会者が挨拶しても、詫びても、話しかけても知らん振りをするキャプテンもいます。
だれだってムッとします。でもここで司会者が声を荒げてしまうとその瞬間、売り言葉に買い言葉の世界に陥ります。
それでも一司会者として、人として、何事もなかったかのごとく挨拶し続けます。努めて明るく接していきます。
キャプテンのいいところを少しでもキャッチし、そこに尊敬の念を抱き、接し続ければ、ある時期急に良好関係になることもあります。私の実体験です。

まとめます。
とにかくあきらめて腹を括る。努めて何事もなかったように振舞う。感謝と尊敬の念を抱いて接する。
そしてこの状況を引き寄せた自分を認め、この機会を<学習の場・成長の機会>と捉えられるよう意識してみます。
以上のことを最低3ヶ月続けていきます。大丈夫です。必ず日が昇ります。


私の知っている限り、どのキャプテンも皆素晴らしい方々ばかりです。
キャプテンのまじめさや一生懸命さが、時として司会者への痛烈な一言となるケースも知っています。

司会者が経験を通して成長していくように、キャプテンもまた1回1回の披露宴を通して成長していきます。
キャプテンと司会者との摩擦は、お互いの<成長過程の一つの課題>に他なりません。
これを乗り越える事がよりよい司会者になることに、またよりよい人生を歩むことにと繋がっていくと思うのです。
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by qqbh8530 | 2009-03-08 10:27 | 司会

すべてはお客様のために

『それでお客様は喜びますか?』
松下幸之助氏の口癖だったそうです。


司会歴22年、ウェイター歴28年の私です。
2足のわらじを履きながら今日までやってまいりました。どちらもサービス業です。

お客さまあってのサービス業。
・・『それでお客様は喜びますか?』・・
1年前は何も感じなかった言葉です。
でも今は・・、いや今日は・・、なぜか心に沁みます。心に沁みわたります。

私の司会で、お客様は喜んで下さるだろうか?
今日の私の司会でお客様は喜んで下さっただろうか?

自己満足的な司会、おれが俺が・・の司会。
そこからいつかはシフトして、お客様に喜んで頂くことこそが第一義・・!と、心の姿勢が変わった時、司会も進歩すると思います。

多くの司会者がお客様のために頑張っている事でしょう。
でも人間ですから、自分のことに一生懸命で、そうできない時もあると思います。
でも、できている・・、出来ていない・・は、はっきり言ってそんなに問題ではないと思います。
そういう<志(こころざし)>を、常に持ち続けられるかが、もっとも肝要に思えます。

松下さんのように、口癖になるくらいに、いつもいつもそう思えるようになりたいと思います。
できる事から初めて、小さな1歩を踏み出したいと思います。
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by qqbh8530 | 2009-03-07 18:47 | 司会

司会のコメント

披露宴司会者のコメントは、デビュー当時からずっと同じでは寂しいと思います。
やはり、時間を重ね、工夫を重ね日々コメントのリニューアルに努力したいものです。

私はウェイターもやっていますので、披露宴会場のバックヤードで、ウェイター・ウェイトレスが「あの司会者、また同じ事言ってるね、なんだかつまんねぇなぁ・・」としゃべったり、気に入った司会者や嫌な司会者のコメントを、皆でまねし合って楽しんだりしている事を知っています。それは本当です。

彼らは、実に耳が肥えています。
彼らのために司会をしているわけではありませんが、ゆくゆくの理想形は、サービスマンの彼らもノッテくるような司会をしたいものです。

緊張感のかたまりだった新人の頃・・、その後回数を重ね次第に慣れて、余裕も出てきます。
お褒めの言葉も増え、クレームも少なくなり、我順風満帆!と思ったこの時、司会力・人間力は一気に後退しはじめます。

方法や態度が、習慣的・惰性的に繰り返され、独創性や新鮮味がなくなることを<マンネリ>と言うそうです。

司会コメントのマンネリ化は、司会者自身のマンネリ化です。
慣れてくると出てくるマンネリ化、それに気付きにくいのもまた披露宴司会者です。

気を付けたいものです。
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by qqbh8530 | 2009-03-02 21:14 | 司会
「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます。」
東京オリンピック開会式 NHKの北出清五郎アナウンサーのコメントです。

そのあとの入場行進・・アメリカ、ソ連といった有名国の入場行進に混じって、アフリカの小国の入場。
「小さな国に大きな拍手、ケニヤ選手団、たった一人ながら堂々の入場行進であります。健気であります。まことに健気であります」

そして、閉会式のアナウンス
「開会式も良かった。しかし、国境を越え、肌の色を越え、各国選手が肩を組んでの閉会式もいい。理由もなく涙がこぼれてまいります」

今は昔・・「東京オリンピック」のアナウンスです。

一人のアナウンサーのコメントに、時を越えて魅せられます。私だけでしょうか?
もし多くの人が魅せられるのなら、それはなぜでしょうか?
解釈は百万通りあるでしょう。
私にはこう思えます。
<現実を素直に直視し、シンプルに分りやすく表現し、そしてその時々の情感をさりげなく乗せて行く・・。
時間をかけて懸命にコメントを推敲するアナウンサーの真摯な姿と尊い姿勢、そして何よりもアナウンサーの大いなる人間愛の視点があるからこそゆえに・・>と思うのです。

時折り、東京オリンピックのアナウンサーのコメントを思いおこし、私達司会者も、魅力あるコメント作りを続けていきたいと思います。
コメントは、その人の<人間性の発露>かもしれません。
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by qqbh8530 | 2009-03-02 19:25 | 司会

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