司会のウラワザ

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花束贈呈

花束贈呈
5日ほど前の話です。
結婚披露宴、お開き前のセレモニー・・新郎新婦から御両親への花束贈呈のシーンです。
私はウェイターとしてそれとはなしにその情景を見ています。

ラストの余興が終わると、静かに照明が絞られ、会場全体が薄暗くなりました。それと同時に何か叙情的なメロディが流れてきます。
次第にその音楽のボリュームが大きくなってくる頃に、新郎新婦はメインテーブル前から、約10メートルほど先に並んで立っている両親のもとへと歩き始めます。
ほどなく到着、新郎新婦は両親に花束を贈呈し、両親と共に1列に整列します。
整列し終わったところで、ここで初めて司会者のコメントが入りました。

『それではここで御両家を代表して、新郎の父○○○より謝辞がございます。』

余興が終わった後からここまで、花束贈呈に関する司会のコメントは一切なかったのです。


一般的には
「それではここで新郎新婦より、今日までお育て頂きました感謝の気持ちを込めて花束をご両親様に贈らせて頂きます・・新郎から新婦お母様に、新婦から新郎お母様にどうぞ花束をお渡し下さい。」というコメントがまず入りますが、そこには司会者からのコメントは一切ありませんでした。


私は正直
(イヤー、素晴らしい、実にいいなぁ・・)と思いました。
(コメントは一切無しでも、照明と音楽で十分花束贈呈は演出できるんだなーぁ)と思いました。

通常列席者は、司会者のコメントを聞きながら、花束贈呈のシーンを全体像として捉えていきます。
いつもあるはずのコメントがないとなると、ほぼ自動的に、新郎新婦の表情や歩く姿・・、またご両親の表情やそのたたずまいに・・と<より細部へ>と目がいくようになるのではないでしょうか?

静かなやさしいメロディに誘われ、新郎新婦の横顔を見ていると、ふと懐かしき頃が蘇る・・。
(あん時あんな事があったなぁ・・あいつ何も言わなかったけどやっぱりおふくろさんに似ている人を選んだんだなぁ・・やつも本当に苦労したよなぁ、でもこんなにいい奥さんと出会えたんだから、きっと男冥利に尽きるんだろうな・・   ・・・   ・・・)
思い出が次第に広がろうとしているそんな時、司会者から良くある常套句のコメントが入ってきたとしたら・・、一気に気持ちは醒めてしまいます、現実に戻ってしまいます。

司会のコメントがないと、かえって人それぞれに自由に思いを膨らませ、自由に思い出に浸ることができるわけです。
司会がしゃべらないでいてくれたお陰で、列席者は花束贈呈を本当に自由に、自分なりに味わえた(楽しめた)わけです。

そうしますと、しゃべるのが仕事の司会ですが、しゃべらない事も司会の仕事に入るわけです。

大分前に書いた記事ですが、ウインブルドンのテニスの実況中継のことについて書きました。「しゃべらない勇気」について書きました。良かったらジャンプしてごらん下さいませ、ご参考までに・・。
http://qqbh8529.exblog.jp/1573897

ともあれ、花束贈呈時、照明と音楽の質の高い演出があれば、
あらかじめ用意された司会コメントはいらないのかもしれません。
ただの一言、たった一言「それではここで花束の贈呈です」だけでもいいのかもしれません。

もちろん、お客様の中には、
(もっと演歌調に、しゃべって、泣かせてくれよ・・あんたプロだろう・・?)
(司会者は何にも言わないから、なんだか白けちまったよ)
(普通はもっとお涙頂戴があってもいいのになぁ・・)
というふうに思う方も必ずいらっしゃるということも知っておかなければなりません。

その上で私は、やはりシンプルにできればしゃべらない司会スタイルをとり続けていきたいと思います。
あくまで、私、私仲澤は・・という意味です。
司会のスタイルは全く人それぞれ、自由であります。そこにこそ個性を見出せるわけですから。
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by qqbh8530 | 2008-03-13 07:39 | 司会

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