司会のウラワザ

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よりよい人生をめざして                       

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d0054785_15104354.jpg『子供には失敗する権利がある』 ドイツの格言だそうです。
例えば・・・、子供が砂浜でお城を創っている。波が創りかけたお城をさらっていく。子供は又そこにお城を作ろうとしたその時、お母さんが 『だめじゃないの。またそこにお城を創ったら、また波にさらわれてしまうでしょ!もっと上の方にお城を創りなさい・・』 と言う。

このお母さんのどこに問題があるのでしょう?
私だったら、母の 「干渉過多」 を問題にしますが、あるドイツの心理カウンセラーは、母が「子供の失敗する権利を奪っていること」 を問題にしたそうです。
彼はこう続けます。『子供はお城を創っては波にさらわれ、創っては波に流され、何回も経験するうちに、自分で気づいて上の方に城を創り始めます。お母さんは、子供が自ら発見し学ぶチャンスを奪っているのです・・。』
少々前置きが長くなりましたが、多くの示唆に富んだ内容だったので、あえて紹介させて頂きました。(私が参加した、ある心理カウンセリング体験セミナーでの話を抜粋しました。)

さてプロ司会者に失敗は許されません。「絶対に失敗しない」という強い意思と決意を持って司会に臨みます。それでも司会者も人間です。失敗する時も必ずあります。
司会者もプロとなると、「失敗する権利」 はさすがに認められてはいませんが、「失敗から学ぶ権利」 は認められていいと思います。

私の体験ですが、失敗すると落ち込み、後悔し、そして反省をします。『失敗から学ばなければ・・・』と思うのですが、どうも消極的なアプローチだったような気がします。

『失敗から学ばなければ・・』 の変わりに、『失敗から学ぶ権利があるのだ・・』 を自分の中に
採用すると、先程とはうって変わって、とても積極的なアプローチになるような気がするのです。
『そうか、学ばなければ・・ではなく、学ぶ権利があるんだ・・』と思うと、『今回の私の失敗の背景は何か?そのときの状況はどうだったのか?私のフォローはどうだったのか?何が機能し何が機能しなかったのか?2度と起こさない為には何をする必要があるのか?もし起こったら、どんな対処の仕方があるのだろうか・・・?』

少々理屈っぽくなってしまいましたが、よりよい司会者になる「コツ」は、ほんの小さなことの中、(例えば、学ばねば・・から、学ぶ権利がある・・と自分の中の言葉を入れ替えるだけ)にも、秘められているような気がします。
「失敗から学ぶ権利」を、より良い司会者になる為の「ウラワザ」としたいと思います。

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by qqbh8530 | 2005-07-31 14:27 | 司会
d0054785_16342812.jpgマニュアルは楽譜のようなもの・・と言った方がいらっしゃいました。
その方いわく『ベートーベンの楽譜があって、その通りにピアノを弾いても、感動的な演奏になるわけではない。大切なのはその楽譜を弾きこなすだけの 「技術と心」 があるかどうかなのだ』
なるほど至極納得です。

マクドナルドは徹底した「マニュアル化」で成功しました。
また、東京ディズニーランドでは、「マニュアルを超えること」を許可しているそうです。つまり感動を創る為に、キャスト(従業員)は自分の判断で、マニュアルを超えることができるわけです。そのお陰で予測のできないたくさんの『感動』を創り、見事に成功しています。

私は司会の新人の頃、必死でマニュアル(定められた司会の言葉・コメント)を覚え、必死でマニュアル通りの司会をやったものでした。
それはそれで今でも、より良い司会者になる為の 「王道」 だと思っています。
落とし穴は、「マニュアルに溺れること」にあると思うのです。

私の経験です。
司会の技術の上達の過程で、一時期マニュアル通りのコメントも「生きた言葉」として列席者に伝わっていく時がありました。
お客様の反応に手ごたえを感じた私は、正直「うまくなった」と自分を誉めたものです。そして次第にマニュアルに頼るようになっていくのです。マニュアルに頼りっぱなしのことを、マニュアルに溺れる・・といいます。

マニュアルコメントに心を入れられるようになったら、そのレベルに安住することなく、すぐに
マニュアルを超えたその先・・を見ていく必要があります。
その先・・とは、私は 『個性と感動』 としたいと思います。

整理をします。
マニュアルは大切です。しかし、マニュアルに頼りっぱなしはいけません。なぜなら、マニュアル通りだけでは、個性が出てきません。感動も創れないと思うからです。
新鮮な言葉やコメントを増やし、それらを使いこなすだけの心(人間性)を創って行かねばなりません。その努力の積み重ねが、やがて「言葉の重みとなり暖かさとなっていく」ように思っています。
そこに「個性」が出てきます。「感動」を創る可能性が出てきます。

マニュアルに溺れないようにしよう・・、マニュアルを超えていこう・・という意識が、より良い司会者になっていく源泉のように思います。自分を戒める意味もあってこの原稿を書き上げましたが、「司会のウラワザ」 の仲間の一つに入れさせて頂きたいと思います。

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by qqbh8530 | 2005-07-30 16:02 | 司会

時は流れ・・・

d0054785_14423433.jpg1週間のご無沙汰でございます・・・。
ウエイター歴25年、プロ司会歴20年の私です。

約1週間、実家にて農作業に従事してまいりました。
その間、パソコンやインターネットとは全く無縁の生活を送りました。
生きていくことに何の不自由も感じませんでした。

それでも最終日の1日2日は、なんとなく(取り残されていく・・?)不安に駆られ、実家の近くにある 『インターネットカフェ』  (個室にパソコンが設置され自由に使用できる、喫茶店のようなところ)に知人に連れていって頂きました。生まれて初めてです。
パソコンを始めたのは今年の1月ですので、なにか「隔世の感あり」といったところでした。お恥ずかしい限りです。

東京に戻り、我がパソコンを久しぶりに開き、愕然としました。
1週間でたまったメールの数々・・、
師、先輩、知人、友人のブログ発信の数量・・、その数の多さにビックリしたのです。
私が1週間休んでいる間、師や先輩諸氏の方々は、毎日着実にブログを書き続け、『小さな一歩』を、踏み出し続けていました。
わずか1週間でこれほどまでに、差ができるのかと・・1週間の重さ、1日1日の大切さを実感致しました。
『1日1日はほんとに小さな積み重ねでも、1週間もすると大きな一歩になっていくこと』を改めて思い起こしました。私にとって、とても大きな確認です。

8月上旬又1週間ほど、帰省します。その時には、
「インターネットカフェ」を利用し、できうる限り、私なりの『小さな一歩』を踏み出し続けていきたいと思っています。このブログも書き続けていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしくお願い致します。

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by qqbh8530 | 2005-07-28 14:29 | よりよい人生の為に
d0054785_0185758.jpg3日ほど前、思いもかけず、こんな言葉に出会いました。

『瓜田(かでん)に靴を納(い)れず、李下(りか)に冠(かんむり)を正さず』

さっそく「ことわざ辞典」で調べてみました。
<瓜畑で靴の紐を直せば、瓜を盗むのかと疑われる>
<すももの木の下で帽子を直せば、果実を盗むのかと疑われる>
つまり、『人に疑いをかけられるような紛らわしい行為は、心にやましいことが無くても、しない方がよい』 という意味でした。

私は、ある<クレーム>を思い出しました。
一人のある司会者が、司会レクチャー台を盾(たて)に、椅子に座って、下を向いて祝電の確認をしていました。(それ自体、なんの非もない、どの司会者も行っているシーンなのですが)。
それを見た新郎の母より、『司会者が、仕事中に居眠りをしていた』というクレームがついたのです。
その司会者にとっては、全く心外であり、また納得のいかない<クレーム>です。しかし、ことの是非はさておき、司会者に全く<その気>が無くとも、新郎の母には、司会者が<居眠りしているように>見えた訳です。

先のことわざと照らし合わせて考えてみます。
新郎の母にとって、司会者の<姿勢、体の傾き加減、頭部の微妙な動き、かもし出す雰囲気>等が、<人に疑いをかけられるような(居眠りをしているような・・)、紛らわしい行為>と映ったわけです。

以前学んだことのある
『言葉は、その人の意思を離れて、独自の働きをする』という法則を応用すると、言葉だけでなく、人の振舞いも、同様だと思えてくるのです。
『人の振舞いは、その人の意思を離れて、独自の働きをする』という法則も、成り立つように思えるのです。

自身の「振る舞いのうしろ姿を観ること」とは、<人に疑いをかけられるような、紛らわしい行為はしていないか・・・>をチェックすることをいいます。 

言葉のうしろ姿を観ることと、振る舞いのうしろ姿を観る事、この二つは、より良く自分を理解してもらう為の、車の両輪のような大切な<心がけ>に思えるのですが、如何でしょうか?

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by qqbh8530 | 2005-07-20 23:30 | 司会

お開き後の心がけ

d0054785_2317463.jpg司会歴約20年になります。
ここ数年、披露宴お開きの後、私が「心がけていること」を書いてみます。

披露宴終了後、送賓(新郎新婦が列席者をお開き口でお見送りすること)が始る頃、司会の私は、できる限り、その披露宴の祝辞余興の<登場者>に、ほんの一言の<お礼>を言いにいきます。

「遠く北海道からのご出席ありがとうございました。スピーチ見事にキマリましたね」
「◯◯さん、いい声していらっしゃいますね!」
「緊張しました・・?でもすごく良かったですよ、◯◯さんの人柄がスッと伝わってきました」
「いい唄でしたね、私は初めて聞いたんですが、どこの国の唄なんですか?」
「◯◯さん、スピーチありがとうございました。まさに一言、インパクトありましたね」
「◯◯さん達のあの余興で、雰囲気がガラッと変わりましたね。お疲れ様でした」

私の実感をシンプルに短く伝えます。お世辞は苦手な私です。相手の良かったところを一つ見つけてそれを伝えます。そうすると、必ずと言っていいほど、相手は笑顔を見せてくれます。喜んでくれます。そして・・・私も嬉しくなります。

お開きの後、登場者への<簡単な声かけとお礼>を心がけています。
とても<小さなこと>ですが、この<小さなこと>を私は、これからもずっと続けていきたいと思っています。

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by qqbh8530 | 2005-07-18 22:56 | 司会
d0054785_1784269.jpg私は今日まで、司会の仕事を約20年、ウエイターの仕事を約25年やってきました。
今から20数年前、私がプロ司会デビューの少し前の頃、こんな司会者に出会いました。

約200名近くの<戦友会>。私は、たまたまその会の担当ウエイター。司会デビュー直前の私は、ドリンクをトレーにのせて持ち回りサービスしながら、司会者の進行ぶりをそれとなく注意を払って観察していました。
司会者はプロではなく、見た目60歳、小柄で元気のある初老、声のトーンは若干高め、ハリのある力強い声、ハキハキしていて、なかなか好感が持てる司会者だったように記憶しております。

会の進行の中で、こんなシーンがありました。
『大変失礼致しました。お名前を間違えて紹介してしまいました。正しくは◯◯でした。大変申し訳ない。それではここで私、皆様からお叱りを頂戴したいと思います。』と言って、司会者はレクチャー台の前に出て行き、列席者に向かって、頭を下げています。その間約5秒間。
再びレクチャー台に戻ったその方は、『お叱りありがとうございました。』と言って改めて頭を下げ、3秒後には顔を上げ、何事も無かった如く、『それでは気持ちを改めまして、次の議題へ進ませて頂きます』と会を見事に前進させていったのです。

今思い起こしてみても、<お見事>という他はありません。
間違いをすぐに認める素直さ
一歩前へ出て200名の前に頭を下げるいさぎよさ、そしてその勇気
お叱りを頂くというセンス、お叱りをありがとうというその謙虚さ
間違えた自分を「完了」して、気持ちを切り替え、「これから」に目を向けていく、見事な心のコントロール・・・

見習うところがたくさんあるような気がします。
プロ司会という立場上、そっくり真似する訳にはいきませんが、私はその方の<心の在り方>から、十分学ぶことができると思っています。

20数年前のあの方の司会振りが今でも鮮明に私の中に残っています。
そういう司会者になりたいのです。

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by qqbh8530 | 2005-07-13 17:03 | 司会

調整力 

d0054785_11455978.jpg20年ほど結婚披露宴の司会をしております。

人それぞれ顔の形が違うように、披露宴への「思い」も様々です。
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てすぎると、今度はあちらに角(かど)が立つ・・・
司会者には「調整力」も必要なようです。

ある打ち合わせの中で、こんなシーンがありました。
披露宴 定番の両親への花束贈呈、新郎新婦は『絶対やりたくない』と言い、両親は、『花束贈呈こそが、お涙ありの感動のシーン、ぜひやってもらいたい』と言う。
両者譲らず、次第に険悪なムードになりつつありました。

司会の私は両方の気持ちがよく分かります。<両者の言い分>を話して頂きました。

新郎新婦は『お涙頂戴のワザトラシサが耐えられない』と言い、
両親は、『今迄に見た、花束贈呈の感動のシーンを、自分達もぜひ味わってみたい』と言う。

司会の私は、「定番の花束贈呈にも、もしかしたら、<わざとらしくない新しいやり方>があるかもしれません。一緒に考えて見ませんか?もし見つければ、お二人はパイオニアですよ」。と言う。

相談の結果、友人が歌う ♪「乾杯」 の曲の後半で、新郎新婦は自主的にブライダルテーブルを立ち、スタッフから花束を受け取り、両親のもとへと進んでいく。曲の流れる中、自身の両親の前に立ち、マイクは通さず地声で、心からの感謝を伝え、両親に花束を手渡す・・・。こんなシナリオができあがりました。司会者のアナウンスは一切ありません。
当日私は、その花束贈呈を見て、<さわやかで静かな感動>を覚えました。

新郎新婦は、<わざとらしくなく、さりげない花束贈呈>にほぼ満足し、両親も<新婦の手紙朗読はなかったものの、グッとくる瞬間がを味わえた>ということで、ほぼ満足したようでした。

私は、「やりたい」と 「やりたくない」の調整の一つは、両者がちょっとだけ我慢して、両者がまぁまぁ納得できる<新しいやり方>を一緒に考えていくことだと思っています。

打ち合わせは、ある意味では、様々な意見の調整をし、全体の調和とバランスをとっていく作業といっていいと思います。

司会の力は、調整力、調整力は人間力・・・まだまだ地道な努力が必要な私です。
少々長くなりましたが、此処までお読み下さいましてありがとうございます。

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by qqbh8530 | 2005-07-13 11:44 | 司会
d0054785_0103888.jpg約70名弱の中規模披露宴。宴も中盤。
お色直し後のスピーチのトップバッターのあなた。
今、ちょうどそのスピーチを終え、高校の仲間達のいる自身のテーブル席へ向かっています。呼吸は浅く、肩も緊張感でだいぶ上がっています。その時あなたは何を思っていますか?

あの部分をもう少しうまく言いたかったのに・・。
どうしてもっと堂々とできなかったんだろう・・?
列席者は、私のスピーチをどう思っているんだろう・・?
一瞬一瞬のわずか数秒の間に、すごくたくさんの思いが巡っているのではないでしょうか?

そして其のすぐあとに、今度は何が気になるでしょうか・・・?
列席者の拍手の音ではないでしょうか?
拍手の大きさ、拍手の音色、義理の拍手なのか?本音の拍手なのか?よかったのか?まぁまぁだったのか?いまひとつだったのか?かんばしくなかったのか?
拍手の中に、自分のスピーチが良かったか悪かったかを、懸命に探そうとします。そしてさらに何を考えるのでしょう?

さらには、自身の席の高校の仲間達が、私をどのように迎えてくれるだろう?(よかったよ)と言ってくれるだろうか?複雑な表情で私を迎えるのだろうか?何か言いにくそうな感じで私を迎えるのだろうか・・?

その時、司会者があなたの方を見て、あなたの目を見て、あなたの名前をアナウンスして、
「~様、ありがとうございました。なつかしき青春時代のたくさんの思い出、その一部を見事に再現して頂きました。持つべきものは友人、~様にもう一度拍手を送りたいと思います」 
と言ってくれたらどうでしょうか?私だったら、とにかくホッとすると思います、安心すると思います。

よっぽど慣れた人は別ですが、多くのスピーカーがスピーチ終了直後、かなりナーバスになると思います。その時の司会者のあたたかな一言によって、その方は随分救われるのではないでしょうか?

やはり司会者は、スピーカーの緊張感、その思いを肌で感じて、癒して差し上げる、そんな役割もになっていると思うのです。

スピーカーの方を見て、スピーカーの目を見て、心からありがとうを言う・・・。司会のウラワザに加えたいと思います。
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by qqbh8530 | 2005-07-10 20:39 | 司会
d0054785_16293155.jpg例えば、あなたがこの披露宴の「司会者」とします。

宴も中盤、キャンドルサービスで入場のお二人がメインテーブルに到着、今まさに、お二人そろって一礼し、着席する場面です。ここは大きな拍手が欲しいところです。
さてあなたは司会者として、列席者に<拍手>をしてもらう為に、何と言いますか・・・?

1.お二人に拍手をして下さい。

2.お二人に拍手をお願いします。
3.お二人に拍手をお願い致します。

4.お二人に拍手をお送り頂けますでしょうか・・

5.お二人に拍手をお送りしたいと思います。


1.・・・は列席者に拍手を「強制」しています。
2.3.・・は列席者に拍手を「依頼」しています。
4.・・・は列席者に拍手を「丁寧に依頼」ています。
5.・・・は列席者に拍手を「うながして」います。

1のランクから5のランクに近くなるほど、段々司会のレベルが上がっていくことを、個人的な観点から示してみました。
プロ司会者としてやっていくのには、4から5のランクが理想と思っていますが、いかがでしょうか・・・?

つまり「強制」を感じるコメントとはさよならをする。できるだけ丁寧な依頼か、促していく感じのコメントを使っていくというのが私の目指す方向です。

以上の基本をベースに、ちょっと変化球を加えて、ほかに思いつくコメントを書いてみます。
「どうぞ今一度お二人に祝福をお送り頂けますでしょうか・・」 「お二人メインテーブルに到着、なぜか拍手がおこります。」「お二人メインテーブルに到着、ここは自然に拍手がおこることになっております・・」「お二人メインテーブルに到着、お二人に改めて拍手をお送りしたいと思います。」
どれにも強制は入っていないと思います。

強制する感じのコメントは、列席者にきつい感じを与えます。うながしのコメントは、列席者の主体性を引き出し、列席者に上質な柔らかい感じを与えます。

司会のウラワザ・・その12 (強制の)拍手をして下さいはさようなら としたいと思います。
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by qqbh8530 | 2005-07-10 00:44 | 司会

「承認」 の喜び

d0054785_15393456.jpg結婚披露宴の司会を20年続けています。

最近よくやるのは、遠方から来てくださった方々の紹介です。できるだけ早いうちにやります。

『お食事ご歓談中のところ恐れ入ります。ここでほんの少しお時間を頂きまして、本日ご出席の皆様方の中で、最も遠くから来てくださった方を紹介させて頂きます。新郎が、絵の修行時代に大変お世話になりましたMr.K様です。恐れ入りますが、ちょっとだけご起立頂けますでしょうか・・?はるばる海を越え、フランスはモンマルトルからお越し頂きました。Mr.K様、本当にようこそお越しくださいました。歓迎の拍手をお送りしたいと思います。』

今までのところ、歓迎の拍手を受けたほぼ全員が、最高の笑顔を見せて下さいました。そして歓迎の拍手を送って下さった列席者の方々も、また、いい笑顔を見せて下さいました。これでいっぺんに会場の雰囲気がすごく明るくなります。暖かくなります。

なぜでしょう・・・?

人として誰しもが持っている「承認の欲求」が満たされるからではないでしょうか。
仕事のスケジュールを整え、バスと電車と飛行機を乗り継ぎ乗り継ぎ、何十時間もかけて、わざわざ日本にやってくる、その自身の「在り方」が皆に承認され、大きな拍手を頂くわけです。拍手する方もまた、人を承認することで気持ちよくなリます。

話は変わりますが、今日、PHPコーチング・カンファレンス2005というシンポジウムに行ってきました。その中で、養成講座でご一緒させて頂いた知人であり先輩のS氏が一つのプレゼンテーションをしました。
彼は、実にさりげなく、会場にいる同じ志のメンバーの紹介(承認)を織り込み、事例紹介を進めていきました。公の場で、大勢の人達に紹介されるとうれしいものです。紹介してくれたその人への信頼感、そして仕事へのモチベーションがグーンと一気に高まるような気がします。(私の経験上ですが)

「承認」 は、承認する人もされる人も、そしてそれを見ている人も、みんなやさしい気持ちになるようです。会場の空気も暖かくなるようです。

こんなにいいことばっかりなら、司会をしながらもっともっと積極的にいろんな事や、いろんな人をしっかり 「承認」 していこうと、またあらたな「やるき」が出てきたような気がしています。
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by qqbh8530 | 2005-07-09 00:02 | コーチングと司会

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