司会のウラワザ

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よりよい人生をめざして                       

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かみひとえ

d0054785_15515036.jpg3ヶ月前のこと、200名を超える一周忌ご法要の司会をする機会がありました。

前日、主催者から「G先生が、当日列席する議員の紹介も含めて、ご挨拶下さるようです。そのことも、ちょっと司会者さんよりご紹介下さい」と、メールが入る。

当日秘書の方にお願いし、G先生に確認を取る。秘書官いわく『先生、司会の方が、先生の(列席議員の紹介)について、前もって紹介してもいいかどうかを尋ねてこられましたが・・・?』

『そうか、よろしく頼む』と先生。秘書官は私に『OKだそうです。お願いします』と言う。

私の確認したかったのは、司会者の「それではここで、G先生より、追悼のお言葉頂戴したいと存じます。」と紹介するところを、主催者の意向にそって、「G先生より、 本日ご出席議員のご紹介も含めて、追悼のお言葉頂戴したいと存じます。 」と、言い換えても(紹介しても)いいかどうか?ということを確認をしたかったのです。(時折、当事者に確認すると、そんなこと、つまりここでは、列席議員の紹介のことなんか聞いてないぞ・・というケースが多々あるのです)

先生からOKは取ったものの、私はなにか腑に落ちないものを感じました。先生は、もしかしたら(司会の私が、出席議員の紹介をすると、勘違いなされているのではないか・・・。)という疑問です。

再確認するかどうか、迷いました。そして迷いながらも、先生に、こうお伺いしました。
『先生、先程のことなのですが、こんな感じで、ご紹介しようと思っているのですが・・。
「G先生より、本日ご出席頂いている市議会議員の先生方のご紹介も含めて、追悼のお言葉頂戴したいと存じます。」いかがでしょうか?』
G先生いわく『なんだ、君が出席議員の紹介をするんじゃないのか・・・、俺がやるのか・・・、よしわかった。』

背筋が凍る思い・・・ってこんな感じなのだろうか・・・、再確認してよかった・・・と、強く強く思いました。

迷いながらも、再確認したことで、事なきことを得た、大事に至らなかったと、ホット胸をなでおろしています。この時のことは、今でも鮮明に覚えています。

勇気を出して、先生に再確認しなかったら、とんでもないことになるところでした。まさに紙一重の経験です。
私はこの経験から、『迷う時ほど確認せよ』と、自分自身に何度も言い聞かせているところです。
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by qqbh8530 | 2005-06-30 01:21 | コミュニケーション
ある時、司会の先輩 S氏が こんなことを言いました。
「仲澤君、披露宴の司会の仕事って、手を抜けばこんなに楽な仕事はないね、だけど本気でやったら、こんな大変な仕事はないね・・」と。
S氏は、以前女優の栗原小巻さんと一緒に、「ロメオとジュリエット」を好演した、役者兼司会者。才能の仕事に賭ける気概を持った先輩です。

披露宴司会も10年もやってると、少々飽きが来ます。要所要所をしっかり押さえればどうにかなっていくので、自然と (ここはちょっと手を抜いてもいいかな・・?)などと思い始めます。
ここが伸びて行く人と、そうでない人との境界線になると思います。かく言う私も、実はこの境界線を行ったり来たりした経験があります。                                 

d0054785_15573288.jpgS氏の素晴らしいところは、披露宴一つ一つを手を抜かないで、やり続けてきたところです。新郎新婦から、親族から、列席者から、ホテルから・・とにかくありとあらゆるところから情報を集め、披露宴に臨みます。たくさんの情報の中から、ほんの一握りの情報を、状況に合わせて、小出しにコメントしていきます。残りの情報は、日の目を見ないこともしばしばあるそうです。その日の披露宴に関する情報をたくさん持っている司会者は、豊かであり、余裕があります。地に足のついた司会になります。

手を抜いた司会とは、必要な情報以外あまり集めようとしない/よくある言い回し、常套句、陳腐化された言葉を、平気で使いつづける/新しいことにチャレンジしようとしない・・・等々。

手を抜いた司会は、素人さんはごまかせても、それぞれその道のプロの目はゴマカセません。必ずバレマス。
そのバレテ、コリテ、マイッタ私が、最近心がけているのが、次の三つです。
披露宴に対して、何事にも労を惜しまず、いつも新鮮なコメントを心がけ、毎回毎回新しいことに一つチャレンジし続けることです。

私はここに来て、「手を抜かない司会」に改めて挑戦し、先輩に少しでも追いついていこうと思っています。       
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by qqbh8530 | 2005-06-27 01:00 | 司会
つい3ヶ月ほど前、結婚披露宴の司会をやっていて、こんなことがありました。

音響担当者いわく 「司会者さん、乾杯のあとに流す曲は、新郎新婦の唯一のリクエスト曲です。ぜひ紹介してさしあげて下さい。曲名は・・・です。」
司会の私は「はい了解しました。曲名は・・・ですね。」と答える。

乾杯が終わった。曲がかかった。私は紹介する。「皆様のお耳に届いていますこの曲、新郎新婦お二人の大好きなナンバー ・・・ です。まさに祝宴スタートにジャストフィットの選曲、こちらも又お楽しみ頂きながら、お食事ご歓談をおすごし下さい。」

曲が流れている中、音響担当者が、大慌てで私のところにやってくる。
「司会者さん、違います。この曲じゃないんです。このあとの曲が、お二人のリクエスト曲なんです。」
「だって、乾杯のあとの曲っていったじゃないか?」「いえ、乾杯の 曲の あとに流す曲という意味だったんです。」

ちょっと整理してみます。
音響担当者の 伝えたかった 内容は、
『乾杯の  「曲の」  あとに 流す曲は、お二人の・・・』でした。
ところが私に言ったのは、
『乾杯の  あとに 流す曲は、お二人の・・・』でした。
ここに 「曲の」 の省略があります。この省略が、コミュニケーションの不一致、司会者の「勘違い」を誘発したわけです。

ただ私は、音響担当者を責めるつもりは全くありません。人は誰も頻繁に、いつも、何かを 「省略」して、会話をしているからです。私が「省略」に気づいて確認すべきでした。

『司会者さん、カラオケ入ってるみたいだけど、「・・・」一つよろしく』 こういう依頼はよくあります。
省略されているかもしれない 「・・・」 に入る内容例を挙げてみます。
1.「唄好きばっかりだから、どんどん唄わしてやってくれ・・」 一つよろしく。
2.「私はカラオケがあまり好きではないんで、唄ばっかりにならないよう・・・」一つよろしく。
3.「わしに、さりげなくふってくれ、1曲唄うから・・・」一つよろしく。

言っている本人は、相手もわかっているはずだ・・という思い込みで 「省略」 してきます。
それでも、私達は会話の前後から、あるいは、今持っている情報から推測しながら、(1、2、3・・・)の選択を常にしつづけているわけです。

司会のウラワザ・・ 会話の中の 「省略」に気を付けろ としたいと思います。
これを意識できるようになると、随分勘違いが少なくなります。

人1倍、勘違いと思い込みの激しい私が、ここまで司会を続けてこられたのも、たくさんの「省略」に懲りて、学び、「省略」に気づき、できるだけ確認を取るようになってきたからだと思っています。d0054785_163721.jpg
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by qqbh8530 | 2005-06-25 20:54 | コミュニケーション

つもり

d0054785_1651869.jpg昨日、特別養護老人ホームにいる70才になる東京の叔母を見舞う。半月ぶりということもあって、叔母は大喜びで、ベッドの中から私に握手を求めてきた。
「叔母ちゃん元気そうだね」「あっ、髪の毛、きれいに染めたね、随分若返ったよ」と、私は明るく声をかける。そして「叔母ちゃん、恋人でもできたんじゃないの?」と冗談まじりに私が言うと、叔母に笑顔がこぼれ、「おっ、その笑顔、いいねぇ、ますますもてるようになるよ」と、言うと、叔母は顔を崩して笑顔満開となる。私の冗談まじりの声掛けで、叔母の内面が変化し、少しだが元気になったような気がする。迷ったけれど、来てよかった・・と思う。

失敗もあった。
箪笥の衣類を、冬物から夏物へと入れ替え作業をした。叔母いわく「それは夏物だけど、色がよくないから、実家へ持って帰ってほしい」「それは冬物でも、足が冷えるから箪笥に残しておいて・・」  衣類には人一倍こだわりを持っている叔母なので、一つ一つ叔母に見せて、許可を取りながら作業を進めていく。
その叔母が次第にノラナクなってきた・・・。

どうやら私の一つ一つの衣類の見せ方が、速すぎるようだ。また、ベッドに寝ている叔母にとっては、私の衣類の見せ方が、見えにくくて気に入らないらしい。
ベッドと箪笥の距離は約2メートル。私はその箪笥脇で叔母に衣類をみせていた。

今度は、衣類を一つ一つ、叔母の顔近くまで持っていって見せてあげた。叔母は片手(右半身麻痺の為)で、衣類にさわってみたり、顔に当ててみたり、その風合いを確かめ味わい、楽しんでいるようだった。とても満足そうな顔をしている。

私はふと気が付いた。私は、叔母に衣類を一つ一つ「見せていた・・つもり」だが、叔母にはよく「見えていなかった」のだ。

何年か前の、山川静夫アナウンサーの手記を思い出す。
少人数のお酒の席、宴もたけなわ、ベテラン山川アナが新人アナウンサーに手渡したメモ・・・・・
『君は一生懸命伝えているが、伝わっているか・・・酔って候 山川』とメモ書きした箸袋を手渡した、という話し。

「伝えている(つもりでいる)が、伝わっているか・・・?」
「見せている(つもりでいる)が、ちゃんと見えているか・・・?」  この二つの疑問符が、改めて私の胸に迫ってきます。

叔母を見舞ったお陰で、又一つ、大切なことを学ぶことができたように思います。
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by qqbh8530 | 2005-06-23 17:32 | コミュニケーション

たった ひとこと

d0054785_167475.jpg私の叔父は今年79歳。謡曲を始めて50年。
昔ある時、中学生の叔父は、隣の家のお風呂を借りて入る。気分に任せて唄を唄ったところ、その家の人に『A君(叔父の名前)は、声がいいねぇ』と誉められる。その一言が、そのたった一言が、後々謡曲を習い始めるきっかけの一つになったそうです。謡曲に親しんできた50年の歳月は、その「たった一言」に支えられているように思うのです。

また、私も、当時教員をやっていた叔母から、『宏ちゃん(私の名前)は、文がうまいねぇ』とよく誉められました。その一言のおかげでしょうか、今でも文を書くことが大好きです。

自分の身なりはよく承知しているつもりですが、それでも人から「仲澤さん、かっこいいよ」と一言言われると、ちょっとだけど、その気になります。
体調があまり優れていなくても「仲澤さん、調子よさそうね」と一言言われると、(あぁ、悪くもないかなぁ・・・)なんて思いはじめます。

『たった一言が人の心を傷つける・・・たった一言が人の心を暖める・・・』  
富山の薬屋さんが教えてくれた言葉ときいてますが、私はこの言葉をとても大切にしています。この言葉をさらに膨らませようと思うと、次から次へと言葉が浮かんできます。

たった一言が、人の心を明るくさせる・・・/たった一言が人の心を元気にさせる・・・/たった一言が人の心を弾ませる・・・/たった一言が人の心を躍らせる・・・/たった一言が人の心を愉快にさせる・・・/たった一言が人の心をやさしくさせる・・・

思えば20年も結婚披露宴の司会をやってきました。ゆくゆくは、私のたった一言で、列席者の気持ちを暖かくしていく・・・そんな司会者を目指していきたいと思います。 

「たった一言」を愛し、「たった一言」にこだわり、「たった一言」に学びつづけていきたいと思うのです。
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by qqbh8530 | 2005-06-22 15:39 | コミュニケーション
d0054785_168494.jpg十数年前の春、あるホテルで結婚披露宴の司会をしていた時、こんなことがありました。

後半、メインディッシュ(お肉料理)の出ている頃、年配の方のスピーチが続いています。
もう15分も話しています。話の内容は最初は良かったのですが、次第に焦点が分散、ここまでくると「自己陶酔型」のスピーチです。

ホテル側は、シビレを切らし、静かにお皿を下げはじめました。(通常は祝辞が終わったところで、お皿を転換します。お皿を下げる時に生ずる騒音やウェイターの動きで、スピーカーに失礼にならないよう、また、スピーチに耳を傾ける方々の邪魔にならないように・・という配慮です。)

私は長年ホテルのウェイターもやっていますので、「時間の関係」でお皿を下げざるを得ないホテル側の気持ちが、痛いほどわかります。ナガーイ祝辞が終わったところで、私はこう言いました。
『お祝いのお言葉有難うございました。このままお開きまでお話なされるのではないかと、司会者として、ハラハラいたしましたが、さすが人生練達の士、程よい所で見事に締めくくって頂きました。尚、お話の最中ではありましたが、お料理の関係で、お皿を下げさせて頂きました。少々お耳を騒がせましたが、皆様のご協力有難うございました。』

キャプテンが来て「『司会者さん有難うございました。さすがですね、ああ言って頂くと我々も大変助かります。』
時間の関係で、お皿を下げざるをえないホテル担当者の「胸のうち」を、代弁したからでしょうか・・・。
大雑把なまとめ方ですが、ここでは、「お客様も大事だが、ホテル側の料理や時間の都合も大事なこと」といった価値観を感じます。

ところ変わってここはホテルオークラ。同じような状況があったので、私は司会者として、やはり同じようなことをアナウンスしました。ところが・・・・
ホテルスタッフの『エーッ なんていうことを司会は言うんだろう・・・?』と、あきらかに拒否反応を示すリアクションです。時間の関係、つまりホテル側の都合で、お皿を下げたことに、ことさら触れてほしくなかったのです。スピーカーとお客様の集中をさまたげないよう、細心の注意を払って、ソーッとソーッとお皿を下げたのに、司会者にそのことをお披露目されてしまっては、これは正直いって、まいります。
ここではなにはともあれ、「お客様第一、ホテル側の都合は、目立たず、さりげなく・・」という価値観を感じます。

どちらが良い悪いを論ずる気持ちは全くありません。私の興味深いのは、相手側の価値観の相違によって、司会者の放った言葉の意味が、まったく変わって受け取られていくという現象です。私は、このことから 『言葉は、自分の意志を離れて、独自の働きをする』という法則を、再び確認します。同時に、だからこそ、言葉に対して、そして人に対して 「謙虚」 であらねば・・と自分を戒めます。

さまざまな価値観の人達が、縁あって、同じ時間に、同じ場所に集まり、同じ結婚披露宴の仕事を分担して遂行していきます。俺が 俺がの仕事から、君はどう・・?あなたはどう思う・・?の歩み寄る「謙虚さ」を大切にしていきたいと思うのです。その「謙虚さ」があれば、お互いの誤解や意識のスレチガイが少しだけ減って、もっともっとステキな司会ができるようになると思うのです。
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by qqbh8530 | 2005-06-20 23:20 | 司会

鯉の彫り物

d0054785_1694375.jpg江戸時代の伝説の彫刻家 「左甚五郎」 の物語を、私の記憶のままに要約してみます。

・・・「我こそは左甚五郎なり」と名乗る『偽者』が現れる。どちらが本物の「左甚五郎」かを決める為、殿様の命令で、『鯉の彫り物勝負』をすることになる。期限は1週間。

偽者「左甚五郎」は順調に鯉の彫り物を仕上げていく。
本物「左甚五郎」はというと、鯉を彫ろうともせず、朝から晩まで池のほとりで、鯉を観てばかりいた。

勝負の当日、偽の甚五郎は、「金ぴかに輝く鯉の彫り物」を提示する。本物の甚五郎は、「みすぼらしいすす色をした鯉の彫り物」を差し出した。
偽の甚五郎に軍配が上がろうとした時、本物の甚五郎いわく、『魚(うお)は水を得てこそ魚(うお)でござる。この彫り物を水槽の中に放ってほしい』と懇願する。水槽に放たれた鯉の彫り物は、水を得て生き生きと泳ぎだす・・・。
ついに本物の甚五郎に軍配が上がった。・・・・・・

本物の甚五郎は、1週間のうちのなんと6日間、池のほとりで、ただただ 『魚(うお)の本質』 をつかもうとしていたのです。この姿に、この心の在り方に、「一流中の一流」の原点を見ることができると思うのです。
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by qqbh8530 | 2005-06-19 17:41 | よりよい人生の為に

 一流を知る

d0054785_16103858.jpg日本人で初めて、アメリカプロバスケットボールNBAでプレイをする田伏勇太さんは、幼少期、お父さんの集めた「NBAの試合のビデオ」を、何度も何度も見ていたそうです。

相撲貴乃花親方も幼少期から、活躍する父の相撲取り組みを、再三ビデオで見ていたそうです。

田伏・貴乃花両氏に共通する点は、「その世界のトップクラス、いわゆる一流のプレイを何度も何度も見て、鮮明なイメージを脳裏に焼き付けいていた」点だと思います。

私は、司会デビューした20年前、JTプロダクション 現社長 鶴賀二郎氏の司会ばかりを、集中して見学しました。カセットテープで録音させて頂き、そのテープを擦り切れる寸前まで、何度も何度も聴いたことを懐かしく思い出します。

その当時から司会業界のオピニオンリーダ-であり、プロ司会者を牽引してきた氏の司会は、スピード感・説得力・コメントの質の高さ・人間力・・等どれをとって見ても、超一流の司会者でありました。
私は社長の司会を一つのモデルとして、まねてまねてまねをしました。社長からは「俺の真似をするな。おまえが俺の真似をしたって、俺は俺、おまえはおまえなんだ・・」とお叱りを受けました。それでも私は、社長の司会をまねし続けました。そのおかげで、今の自分があるんだと思っています。
やはり見るなら「一流のプレイ」を見ることが大切です。

『才能の仕事の本質は人間性です・・・』 社長の一言です。
この一言に目が醒めました。司会の技術ばかりに気を取られていた私は、次第に「人間性を高めていくことが、、もしかしたら一流の司会者になる近道なのかもしれない・・・」と、思うようになるのです。
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by qqbh8530 | 2005-06-19 00:08 | 司会
d0054785_16115655.jpg20年近く結婚披露宴の司会をやっています。
ウェイターの仕事もそれ以上の年月をやっています。
二足のわらじをはきながら・・・、デコボコした道を、迷いながらも歩んで参りました。

時折、縁あって、司会の後輩達が、私の「司会の見学」をする機会があります。
その後輩達に、ぜひとも、これだけは伝えておきたい・・と思っていることがあります。

それは、
披露宴の始る前、宴の途中、そしてお開きのあとの合計3回、「司会レクチャー台を、常にキチンと整理整頓しておくといいよ」と、伝えることです。さらに、『レクチャー台をキチンとしておくと、ハプニングやアクシデントが起こりにくくなるんだよ』と、付け加えています。

あまり科学的ではありませんが、私の20年の経験を通しての、一つの実感です。
ハプニングやアクシデントが起こった時の状況を振り返ると、往往にしてその時の、自分のあり方に何か、ダーティーな心のあり方があったように思えるのです。レクチャー台の書類の数々も、あっちを向いたり、こっちを向いたりしています。
気がかりなことがあったり、もやもやしていたり、いらいらしていたり、なんとなくカッタルカッタリ・・・人間だからそういった時は誰しもあるけれど、そういった心のあり方のままで臨んでいくと、なぜか、いやなことと遭遇することが多かったような気がするのです。

ある役者は、舞台に立つ朝は必ず、水をかぶって、心と体を清めるのだそうです。
また、お笑い界の寵児「桂三枝」も、舞台の前の一週間は禁酒をします。舞台へ上がる直前には、控え室で丁寧に歯を磨くそうです。『お客様の前に出るのだから・・・』と。

自分の今の在り方をキチンと整える・・・心の在り方や、身の回りの環境を整えることは、司会の「技術」を磨くことと同じくらいに大切なことと思えてなりません。

私は、披露宴の終わった後、司会レクチャー台をきれいにします。心をこめてきれいにします。古い人間といわれようと、私はこの一つのことにこだわリ、機会あるごとに、後輩に言い続けていきたいと思っています。
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by qqbh8530 | 2005-06-16 00:44 | 司会
ちょうど10年程前、こんなことがありました。

ある披露宴の司会をした時のことです。
『司会者さん、ワシらの時には、このテープをかけてくれ、これで皆で武田節を歌うから・・・』

私は、気をきかせて、音響担当者に、レーザーディスクの「武田節」を流すよう指示しました。

唄が始りました。5人位のグループで唄っています。一所懸命さは伝わってくるのですが、どうも「不完全燃焼」といった唄いぶりでした。

唄が終わったところで、司会の私は、『個性あふるる5人の勇士の方々が、マイペースで歌って下さいました。その一生懸命さと意気込みに拍手を送りたいと思います。』と、アナウンスしました。ほどほどの拍手も起こり、私は次の登場者の紹介を始めました。そこに先ほどの武田節のテープを持ってきた部長さんが現れ、私をにらんでいるのです。

部長さんいわく『なぜ、わしの渡したテープを、ながしてくれなかったんだ?武田節のテープにも3種類あって、このテープが一番わしらにあうんじゃ。このテープで皆で何回も練習してきたんだ。前回唄った時、社長も喜んでくれたのに、今回はあんたのために、だいなしじゃぁないか、いったいどうしてくれる・・・』 それはもうかんかんでした。

お客様持込の、武田節のテープには、このテープでなくちゃだめだ・・・という、「特有の意味」が付加されていたのです。その意味を見落としたのです。『大勢で唄うのなら、歌詞が見えるレーザーディスクのほうがいいだろう』と気をきかせたつもりが、とんだ私の勘違いだったのです。

さて話は大きく変わりますが、コーチングのセッションの時、クライアントの出すテーマにも、「その人特有の意味」が付加されています。そこをしっかりつかんで、出されたテーマを、同じ概念の「土俵の上」に載せないと、迷走コーチになってしまいます。

「それ特有の意味」をキャッチするセンスは、どうやら司会にもコーチングにも、とても大切なセンスのように思えてなりません。

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by qqbh8530 | 2005-06-12 23:27 | 司会

よりよい人生をめざして                       


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