司会のウラワザ

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よりよい人生をめざして                       

カテゴリ:コミュニケーション( 15 )

微妙な会話

知人からこんな話を聞きました。ちょっとした事ですが・・。

A君は老人ホームに入所しているお父さんと一緒に、近所の梅を見に行こうと思いたち、ホームに連絡しました。

「明日午前中、10時ごろから1時間ほど、父と梅見に行きたいのですが・・?」
受付事務の方は「了解です。伝えておきます」と、明るく返事をして下さいました。

A君が当日ホームに行くと、父は入浴室でした。
スタッフの一人が、あわてて入浴担当者に連絡を取り「丁度お風呂に入る直前だったので間もなく参ります」と言ってくれました。

A君は、昨日の私の伝言が伝わっていないのかな・・?と思い、「あのう、今日父と出かけることは伝わっていますよね・・?」と尋ねました。
「あっ、すみません!すぐにこちらに来ますから・・」とスタッフは答えます。
責めるつもりは全くありません。ただ確認したかっただけです。

伝言が伝わっていたのか、伝わっていなかったのか?
伝わっていたが担当者までは伝わらなかったのか?
私(A君)がいきなり来てわがままを言っていると思いながらも対応してくれているのか?
推測・・憶測・・A君の心はなんだか宙ぶらりんです。


A君は、ただただ事実を知りたかっただけです。
違うフロアーにある事務所に電話したので、伝言が伝わりにくかったのかな?と思い、さらにこう尋ねました。
「今度電話をかける時は、1階の事務所ではなく、直接3階のステーションに電話しましょうか?」
「いえ、事務所で結構です」

なんだか聞けば聞くほど文句を言っているみたいで、それ以上聞きませんでした。
こういうコミュニケーションのすれ違いは日常によく起こります。会話としては成り立っていても、お互いなにかしっくり来ない会話です。
とても些細な事です。
些細なことですがなにかとても気になります。


こんな時スタッフはどう言ったらいいのでしょう?
答えはたくさんあるかもしれません。
逆にA君はどう言われたらしっくりきたのでしょう?

私がA君だったら、スタッフから、
「せっかくご連絡頂いていたのに申し訳ありません」と一言添えてもらえばそれで納得です。

前もってA君が、父との梅見の話の連絡をしたか、しなかったか・・などは、どちらでも良いことです。
仮にA君が未連絡だったとしても、「せっかくご連絡頂いていたのに申し訳ありません」と言って良いのです。
連絡していないのにそう言われれば、
次回から必ず連絡しようと自主的に決心するからです(私だったらきっと)。

お客様相手の仕事にはつきもののケースです。より良い方法を模索しています。


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by qqbh8530 | 2007-03-01 20:51 | コミュニケーション
2月に入りました。

梅見の季節です。
外はまだまだ寒いですが、おてんとうさまの日差しを浴び、熱々のカップ酒をすすりながら梅を愛でる、枝振りを目で追い・・味あう・・いいですねぇ!



さて今日はコミュニケーション(主に日常会話に限定)の話をさせて下さい。
誰しもがコミュニケーション上手になりたいと思っています。

上手になるためには、
*なにか新しいことを身に付ける
*今までの悪い習慣を止める
この2つのアクセスが思いつきます。

新しいことを身に付けるには<努力>が必要です。
悪しき習慣をや止めるには<止める勇気>が必要です。

そこで・・・
ちょっとこちらを・・・


                 「なるほど」

                 「そうね」で

                 始まる会話、

                 「でも」や

                 「だって」で

                 途切れる言葉。


        う・た・し ごよみ(文=小林正観さん 発行=弘園社)



愛読している日刊メールマガジン「息をしているだけで幸せになる~日刊ありがとうごよみ」から抜粋させて頂きました。



コミュニケーション上達のコツは、「でも」や「だって」を言わないと決めることです。
その代わり「なるほど」「そうね」と言おうと決めることです。



「へえ、君はそう思うんだ、でも僕は違う、そうは思わないよ」と言う人、
なるほどなるほど、君はそう思うんだね、ちょっと僕の意見も聞いてくれるかな」と言う人、

どちらがスムーズなコミュニケーションを図れるでしょうか・・?



最近私は、たとえ相手の意見と全く違っても、次のように言うことにしています。
「なるほど、そういう考え方も確かにあるね、そして、僕はこう思うんだ・・」
(でも)の代わりに(そして)を使っています。


コミュニケーション上達のコツは、

*上手になろうとは思わない。

*ブレーキをかける言葉(でも、だって、だけど)を使わない。
そのかわり(なるほど・そうね・そして)を使う



(でも)や(だって)は、会話にブレーキをかけます。
(なるほど・そうね・そして)は会話を促進します。

如何でしょうか?
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by qqbh8530 | 2007-02-02 10:23 | コミュニケーション

言葉が導く感情

d0054785_2182433.jpg司会歴20年、ウェイターは25年今尚現役でやり続けています。そんな経験を通して、感じたこと、発見したこと、嬉しく思ったこと、哀しく思ったこと・・・などなど、気の向くまま、思いつくままに書かせて頂いております。

ふと思いました。

映画やテレビやラジオ、そして体育会系のクラブ、そして職場で・・・、いろんな場面で<乱暴な言葉>が使われ、人は傷つき、心は行き場を失い、病み始めています。

乱暴な言葉とは、例えば、

『てめぇ、この野郎、何回言ったら分かるんだ?』
『あんたのお陰で、食事いけなくなっちまったじゃないか!』
『きさまぁ、俺を何だと思っているんだあ!。』

上記のように<てめぇ><あんた・・><きさまぁ>・・・
これらの言葉を発すると、この言葉のあとに続く言葉は、どうしても<乱暴な言葉>が必要となってきます。平たく言うと、乱暴な言葉が似合うわけです。

ためしに、<てめぇ>の変わりに<○○さん>を頭に持ってくると、なぜか先ほどの<乱暴の言葉>が似合わなくなってきます。続きにくくなって来ます。言いにくくなってきます。

同様に、『あんたのお陰で・・・』を『○○様のお陰で・・・』と言い換えてみると、後に続く言葉は、皮肉屋中傷の乱暴な言葉よりも<感謝の気持ち>が出て来るような気がします。

こう考えると、<てめぇ><あんた><きさまぁ>の相手を呼ぶことばが、乱暴であればあるほど、あとには乱暴な言葉がくっついてくるようです。

反対に<丁寧なる相手への呼びかけ>を工夫してやってみると、そのあとには優しい言葉がつながってくると思うのです。

とても小さなことですか、コミュニケーションの<基本のき>として記事を書かせて頂きました。

そういえば、ある学校での試みとして、
生徒間同士の名前の呼び捨てを禁止し、さん付け君付けを義務付けたところ、生徒が落ち着きを取り戻し、乱暴な言葉が減少した・・・という報告があったことを思い出しました。


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by qqbh8530 | 2006-05-26 02:03 | コミュニケーション
d0054785_1918751.jpg映画を見て、テレビを見て、職場にいて・・・<乱暴な言葉>がなんて多いことでしょう。

<乱暴な言葉>は環境汚染の筆頭です。

<乱暴な言葉>の氾濫は、私達を神経症へ心身症へと誘い(いざない)ます。

こんなことがいつまでも許されていていいのでしょうか?

教育の名の下に(もとに)、指導という名の下に、君の事を思って・・のもとに、自己正当化の鎧をまとって、暴言は強者から弱者へぶつけられ続けています。

こんな状況を許しておいていいのでしょうか?


職場でミスをしたとします。
『何年やってんだ、お前みたいなやつを給料泥棒って言うんだよう』・・・この言葉をぶつけて一体何が生まれるのですか?

職場でミスをしたとします。
『あんたのミスの尻拭いで、仕事がぜんぜんはかどらないのよ』・・・この言葉を言い放つことで一体何が改善され、どんな状況に変化するのですか?

職場でミスをしたとします。
『何やってんだ、もう帰れよ、帰っていいよ!』・・・ほんとに帰ってしまっていいんですか?
そんな言葉から一体何がシフトするのですか?

職場でミスをしたとします。
『何ミスってんだよう。(ふと目が会い)何ガンつけてんだよう、文句あんのかぁ』
もし自分がそう言われたら、どんな気がしますか?
そんな言葉を放って、一体何を望んでいるのですか?一体何を願っているのですか?

何も変わりません、何の変化も生み出せません、生み出すのは人間関係の悪化だけです。

もう、もう、もうやめませんか?
乱暴な言葉の一つ一つは、みーんな、みーんな<自分だけのストレス解消言葉、ストレス発散言葉>の何者でもありません。

<乱暴な言葉>は、人を傷つけ、場の空気を険悪なものとし、何も生産的なものはありません。
むしろ弊害そのものです。
それなのに部下の指導のためと言うのですか?部下の教育のためと言うのですか?

たった一人自分ひとりの自己満足のために<乱暴な言葉>を放つのはやめて下さい。
いずれ周りめぐって自分自身に暴力的言葉を浴びせられる時が必ず来ます。
そのとき初めて気付くのではなく、たった今やめてみませんか?たった今、乱暴な言葉とさよならしてみませんか・・・?

穏やかな働きやすい職場環境を目指して!


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by qqbh8530 | 2006-05-20 19:19 | コミュニケーション
d0054785_19245275.jpgとっても小さなことなんですが、嬉しく思ったことを書かせて頂きます。

先日お昼過ぎ、友人の経営している<美容室 I >に行き、カットして頂きました。

山梨へ戻ってきてからの整髪はいつも<ここ>に決めています。

1ヶ月ぶりです。いつ見ても小奇麗な店内、そして店員メンバーも皆明るく、もちろん小奇麗でとてもさわやかです。

私は同級生の店長に『 I 君はいつもさりげなくキメて、おっしゃれだねぇ・・』
『うん、ありがとう、お世辞じゃぁないよねぇ?』
『あぁ、ホンとだよ。何か意識してるの?』
『いや、別に・・・。ただ、お客さんだってその方が気分がいいでしょう』

なるほど、お客様の視点に立って、さりげないおしゃれと小奇麗さを演出しているんだ・・・。

彼とは、カットしてもらいながらいろんな話しをします。いつも感じるのは、
*問いかけや質問が上手である(つい応えたくなるような、話したくなるような質問が多い)
*うんうん、なるほど、へーそうなんだ、そうそうそう、その通りだね・・・等、聴き上手である。
*決してしゃべりすない。

私は尋ねます。
『I君は、お客さんと会話する時、何か<意識していること>はあるのかな?』
彼は応えます。
『うーん?特にないよ・・・、まぁしいて言えば<復唱確認>かなぁ・・』

その彼の言葉を聞いた時、私は(あっ、やっぱり同じなんだ!)と思いました。そしてなんだか嬉しくなってきてしまいました。

司会の打ち合わせ、コーチングやカウンセリングもやはり同じように、相手の話の内容を、<復唱し確認すること>を<一つのスキル>としています。

<復唱し確認すること>というのは、カウンセリングやコーチングでは、<要約してフィードバックする>と言っています。言葉は違いますが、目指すところは同じです。

やっぱりそうか・・・。
美容院の美容師もウェイターも司会者も接客業、カウンセリングやコーチングも大きく括れば、接客業といえます。

接客業の必須基本のコミュニケーションスタイルが、相手の話す内容の<復唱確認>であり、
<要約してフィードバック>することだということが再確認できたわけです。同時にどんな<道>もやはり基本は同じなんだなぁと思いました。友人のところで再確認できたことに、なんだかほんわり嬉しくなりました。

髪をカットし、友人と有意義な話しができ、見た目も気持ちもさっぱりさわやかな気分になりました。


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by qqbh8530 | 2006-05-19 19:24 | コミュニケーション
d0054785_042290.jpg知人から聞いたある研修会のお話・・・。

講師は明言します。
『司会のコツは、聴衆者の三箇所に視線を配っていくことです』

プロ司会の私は明言します。
『司会のコツは、聴衆者の三箇所ににわか友達を作っておくことです』

その講師の指導は間違っています。
その講師の指導が正しいとすれば、受講生がセミプロ以上の司会者の場合のみという条件付です。

研修会に参加している受講生は、何回か司会の経験があるか、あるいは司会は初めてというずぶの素人がほとんどです。
その初心者に、司会をしながら、同時に三箇所に視線を配ることを要求するのは少々無理があります。
慣れていないと、行動が2つ以上重なると、どちらかに意識が集中し、どちらかの意識が散漫となるからです。

三箇所を見ようと意識しなくても自然に視線が全体に動いていく・・・これがプロです。
このプロの技を初心者に要求するところに大きな間違いがあるわけです。

そうは言っても、目は口ほどにものを言います。
司会が視線を配り一人の聴衆者と目が合うと、その人とその周辺は聴く集中力ががぜん高まります。
司会が全体に視線を配ることはとても大切です。ですから是非マスターしてほしいのです。ではどうしたらいいのでしょうか・・・?

<一朝一夕のコツ>は残念ながらありません。
それでもあえて言うなら
<会の始まる前に、3人以上のお友達を作っておくこと>・・・できれば全体に3箇所くらいにバランスよくにわか友達を作っておきます。

作り方は簡単です。「どちらの出身ですか?」「このホテルはよくいらっしゃるのですか?」「仕事はいかがですか?」・・等々たわいのない会話でいいのです。
はちょっと話して<顔見知り>になっておくのです。そして司会第一声の前に、もう一度全体を見て、先ほど顔見知りになったその<3人の位置>を確認しておきます。

話し始める時、その3人のうちの誰かに話しかければいいのです
そしてふと気が付いたら、もう一人のほうを向いて話しかければいいのです。
さらに気が付いたら、残りの顔見知りの一人に話しかければいいのです。

気が付かなかったら最初のその一人に集中して話しかけ続ければいいのです。
そのうち違う方を向きたくなりますから・・・。

どうです・・・?できそうな気がしてきましたか・・・?

この<何かできそうな気がしてきた・・!>この気持ちが出てくればもう大丈夫です。

司会のウラワザ・・・<3人のにわか友達をつくっておく>・・・しゃべり以前に、こんなアプローチもあるのですね。如何でしょうか?

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by qqbh8530 | 2006-05-08 00:04 | コミュニケーション

オウム返し技法

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
俵万智 「サラダ記念日」 より。

幼児が「ママおなかすいた」と言えば、「○○ちゃん、おなかすいたのね」とお母さん。
「もうぺこぺこ」といえば「そう、おなかぺこぺこなのね」とお母さんは答えます。
また、上記の一首のように
彼(彼女)が「寒いね」と言えば彼女(彼)が「寒いね」と答える。

「おなかがすいた」「ぺこぺこ」「寒いね」というそれぞれの「キーワード」を、ただ繰り返すだけで、母と子(彼と彼女)は、気持ちが通い合います。

このことを詳しく説明してくれる本に出会いました。その一部を原文のまま記してみます。

*カウンセラーが用いる「オウム返し技法」

たとえばオウムがそのまま復唱するように、
「昨日とても辛かったんだよ・・・」というと「辛かったのですね」
「もうしんどくて・・・」「しんどいのですね」

一見不自然のように感じるかもしれませんが、「共感」という考え方からみると大変重要なことなのです。

私達は、自分の言った言葉をそのままオウム返しされることで、自分の考え方が相手に伝わっている喜びを、実感をもって感じることができます。

辛いとか哀しいという感情は、なかなか言葉には出せないものです。ですからなおさら「辛い」とか「大変だ」と言う感情をオウム返ししてあげると、「自分の気持ちをよくわかっていてくれる」と思えるんです。

・・・・・・相手が言った言葉をただそのまま復唱するということは、とてもシンプルで、かつ実践しやすい方法です。
<コミュニケーションが上手になる技術 浮世満理子著 あさ出版> P50~P51にかけて、仲澤の都合で要所を抜粋し、記しました。

オウム返し技法を使うと、
話し手の思考が整理されていく・・・という利点もあるそうです。

いずれにしても、この「オウム返し技法」はシンプルで簡単で即効性のあるスグレモノのように思います。

冒頭の一首のように、
相手の「寒いね」を「寒いね」と繰り返しただけなのに、二人の心が通い合うんですから・・・。

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by qqbh8530 | 2005-12-17 21:06 | コミュニケーション

「聴き方」を学ぶ

今学んでいる「コーチング」も「心理カウンセリング」も<聴き方>をとても大切に取り扱っています。

コーチングやカウンセリングはもちろんのこと、私たちの日常生活にもすぐに役立つ<聴き方>として『アクティブリスニング』というのを学びました。
『アクティブリスニング』とは、
*相手の話に興味を持って聴く。
*相槌を打ちながら聴く。
*キーワードを要約して繰り返す。
*相手の気持ちを汲んで共感を示しながら聴く。
という「能動的な聴き方」です。

この中の主に2つ・・・「キーワードを要約して繰り返す」方法と、「相手の気持ちを汲んで共感を示しながら聴く」方法を、意識的に使うようにしています。

先日電車に乗っていて、ある親子の会話が耳に入ってきました。
クリスマスの絵本でも読んでいるのでしょうか、4,5歳の女の子とその母の会話です。
子『わーきれい!』
母『わーほんと、きれいだねぇ』
子『このツリーうちのと似てるね』
母『あっほんとだほんとだ、よく気が付いたわねぇ、うちのツリーとよく似ているわねぇ』
子『サンタさん、今年は何プレゼントしてくれるのかなぁ?』
母『サンタさん、今年は何をプレゼントしてくれるのかなぁ?』と笑顔で子供の顔を覗き込む。
子『サンタさんてほんとにいるのかなぁ?』
母『ほんとにいるのかな? ○○ちゃんはどう思うの?』と微笑みながら聞き返す。
子『私、いると思うわ!きっといると思う』
母『そうね、きっといるわね!今年も○○ちゃんのところにサンタさん来てくれるのね、クリスマス楽しみだね!』
子『うん、クリスマス早く来ないかなぁ』 

便宜上、一部仲澤の創作もありますが、大体上記のような親子の会話でした。
そのお母さんは「キーワード」をうまく繰り返し、子供の気持ちをうまく汲んで共感を示し笑顔で会話を楽しんでいました。
私は「なるほど」と思いました。このお母さんは、まさに『アクティブリスニング』を自然にやっているのですね。

もし次のような会話だったらどうでしょうか・・・?
子「わーきれい」
母「・・・」
子「このツリーうちのと似てるね」
母「そうかしら?」
子「サンタさん今年何プレゼントしてくれるのかなぁ?」
母「さぁ、そんなこと分からないわ」
子「サンタさんてほんとにいるのかなぁ?」
母「さぁそれもママには分からないわ」
子「私、いると思うわ、きっといると思う」
母「じゃぁそう信じたら」
子「ウーン、もういい、ママとお話、もうおしまい」
案外こういう会話もよくあるのではないでしょうか?

やはりアクティブリスニングで、
相手の話を興味を持って聴き、タイミングよく相槌を打ち、時折要約してキーワードを繰り返し、相手の気持ちを汲んで、共感を示しながら会話を進める・・・と、確かに会話が弾むような気がします。
もちろんうまくいく時もあれば、うまくいかない時もありますが、トライしてみる価値は十分あると思います。

子供との会話に限らず、大人同士の会話でも、このアクティブリスニングは、十分通用するように思います。
積極的傾聴法・・・アクティブリスニングをぜひとも身につけたいと思います。

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by qqbh8530 | 2005-12-15 21:12 | コミュニケーション

思い込み

d0054785_11544092.jpg人一倍思い込みの激しい私です。またまたやってしまいました。

今朝朝刊を見ていたら、『青山学院大学 国際政治経済学部に 国際コミュニケーション学科が誕生』というタイトルが目に入る。私は「あれ?」と思う。正しくは、(コミュニケーションではなく、コミニュケーション)ではなかったか・・・?

すぐに外来語辞典で調べる。(コミニュ・・)ではなく(コミュニ・・)であった。
いったいいつから勘違いし(コミュニ・・ではなくコミニュ・・)だと思い込んでいたのだろう?
私の50本のブログを見返してみる。うーんすべて(コミニュ・・ケーション)となっている。
まいったな!コミュニケーションのプロを目指す自分が、コミニュケーションが正しいと思い込んでるわけだ。反省反省また反省!

さてどうしよう?とりあえずブログの(コミニュ・・)の部分を正しく(コミュニ・・)と訂正しよう。またこのことを人生の長い道のりの中の始めのミスと捉え、「今気づいて良かった!」と再認識してみよう。そしてブログの紙上を借りて読者の皆様にお詫びをしよう。
『私の記事中の言葉の表記に誤りがありました。正しくは、「コミュニケーション」と記すところを、「コミニュケーション」と記してしまいました。お詫びして明日26日までにできる限り訂正させて頂きます。』

「思い込み」・・私にはまだまだたくさんの思い込みがあるような気がします。今回は私自身で気がつきましたが、読者の皆様で、ブログの内容についてはもちろんのこと、「表記」について間違いを発見された方がいらっしゃいましたら、お手数ですがぜひお知らせ頂ければと思います。

自分のミスに気づいた日、ちょっぴりショックです。
3日ほど前に読んだ、中谷彰宏さんのこんな詩に救われます。

『あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、でも ふり返ると1本の道』
 
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秋風に誘われて・・ふわふわとついうっかりワンプッシュ・・ありがとうございます。
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by qqbh8530 | 2005-09-25 11:55 | コミュニケーション
d0054785_1547575.jpgまずは、今日もまた、私のブログを覗いて下さって  ありがとうございます。
大切なあなたの時間を使って下さって  ありがとうございます。

コメントを書いて下さったあなたに  ありがとうございます。
なにかを感じて下さったあなたに  ありがとうございます。

そして、こうして自分の思いを表現できるシステムを考えて下さった方々に  ありがとう。
こうして表現できる機械(パソコン)を作り出して下さった方々に  ありがとう。

まだまだ まだまだ ありがとう は、言い足らず、
ありがとうの届け先は、もっともっとたくさん見つかるような気がしています。

私は、結婚披露宴の司会を約20年、ホテルウェイターの仕事も25年以上続けてきました。
私自身がとてもうれしく思った時々を思い起こしますと、そこにはいつも 「ウェイターさん、ありがとう」 「司会者さん、ありがとう」 「(名も知らぬ君に)どうもありがとう)」  といつもいつも、心からの  『ありがとう』  があったように思います。

ホテルウェイターとしてのあたりまえのサービスに対しても 「サンキュー」 と言って下さる。
エレベーターの 「開く」 のボタンを押しながら、先を譲ったり、あるいは乗り込む手助けをしたりしただけなのに、僕の目を見て、「どうもありがとう」と言って下さる。
クロークの場所を教えただけなのに、「ありがとう、助かるよ」と言って下さる。

「司会の仲澤さん、ステキな司会をありがとう」
この「ありがとう」のひとことで、私は仕事に対する「誇り」を思い起こします。

『ありがとう』は、ステキな言葉、美しい言葉、私の大好きな言葉。
言われるとうれしく、又自分で言っても、言える自分をうれしく思う。相手の笑顔にさらにうれしく思う。うれしい瞬間、好循環。

「ありがとう」の魅力に気づき、「ありがとう」を大切に使っていくと、司会の未熟さを超えてお客様との心の距離がグーンと近くなるような気がするのです。

司会のウラワザになるのかな?とも思いましたが、どの司会の本を読んでみても、ありがとうの大切さに触れているものはなかったので、あえて「ウラワザ」としてみました。いかがでしょうか・・・?
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by qqbh8530 | 2005-07-01 00:42 | コミュニケーション

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